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第1回 ハッピーを大きくしたプレミアムビール
狩野卓也


第2回 変わりゆく饗宴外交
西川恵


第3回 かかりつけの名医のみつけ方
松井宏夫


第4回 日本の赤ワインの礎「マスカット・ベーリーA」
坂田 敏


第5回 週末はいつもアウトドア
廣川健太郎


第6回 不可能の壁を超える実践優位のマーケティング
石井淳蔵


第7回 ブレンダーという仕事
輿水精一


第8回 過去の体験が濾過されて曲になる
村井秀清


第9回 グラスはつくり手と飲み手をつなぐ
庄司大輔

第10回 落語を世界へ 英語で伝える日本の話芸
立川志の春


第11回 和食は「ご飯がたべたい」料理の文化
阿古真理


第12回 若者のための酒場歩きガイド
橋本健二


第13回 画像で気持ちが伝わる ネット口コミが市場を動かす
徳力基彦


第14回 創業60周年 復活した十三トリスバー
徳江川栄治


第15回 カクテルバーのコミュニティ
徳江川栄治


酒論稿集
酒器論稿
ブレンダーという仕事〜ウイスキーをつくるということ
輿水精一サントリー名誉チーフブレンダー 15年という長きにわたりサントリーウイスキーの品質を決める最終評価者であるチーフブレンダーとして活躍されて昨秋に退任した輿水精一氏にウイスキーづくりについて伺った。
■ブレンダーの仕事は二種類
―― 一般にはわかりにくいブレンダーのお仕事ですが、簡単にいうとどういうことなのでしょうか。
輿水 大きく分けると二つの種類の仕事があります。ひとつはいろいろなタイプのウイスキー原酒をブレンドして新しい味わいを生み出して商品化していく設計管理者の仕事。もうひとつは今現在ある製品の品質を保持しながらブレンドを実際に進めていくための原酒の選択をしていく仕事。そしてその両方に関わるのですが、ブレンドをする前の段階、つまり原酒の管理や計画もブレンダーの重要な任務です。

―― 原酒の管理とは具体的にはどういうことでしょうか。
輿水 とえば、今年サントリー角瓶を何万ケース出荷するという計画を立てるとします。そのために必要な今年の原酒の種類、量を算出します。そして来年、再来年とずっとつくり続けるための需要予測に基づき来年使用する分の原酒の種類と量、再来年使用する分とそれぞれ考え、さらに遠い将来のために今年どんな原酒をどれくらい蒸溜して熟成に回すかを考える。雲をつかむようなことをアバウトに決めていくことまでが入ります。

―― 来年のことも不透明な時代にそんな長期のことまで考えるわけですね。
輿水 ブレンダーにとっては商品が売れなくては困りますが、予定以上に売れることもなかなか難しい問題です。たとえば、ひとつのブランドの予定量を急に増やすということは、そのために特定の原酒の在庫が想定よりも減ることを意味します。無理をすればそれには対応できても、翌年以降に様々な商品のブレンドに影響が出る可能性があるのです。品質を保ちながら、その増産に対応できるかどうかを判断しないといけません。
各ブランドのレシピは原酒の在庫をみながら毎年計画をしますが、それはその年だけでなく、5年後、10年後のことも考えながらの原酒計画なのです。長期にわたって安定した品質で数量を確保できるようにすることが重要です。

―― 5年10年先のことを考えながら原酒の貯蔵を考えるのですね。かなり複雑な要因が絡んできて気が遠くなりそうです。
輿水 今はパソコンを使えますので、原酒のタイプごとの貯酒データの管理などアウトラインは把握しやすくなりました。しかし、いざ実際に生産計画を検討していきますと、往々にして何かが足りないということがおこります。そこで、Aの原酒が足りない場合にはBの原酒で対応できるかとか、その結果は他の商品に影響が出ないかなど微調整をして、全体的として大丈夫かどうかを判断するわけです。

■「まあなんとかなるだろう」というジャッジ
輿水 最終的にそういう感覚、自信を持てるかが、ブレンダーとしての力量なのでしょう。会社の意思決定をする役員に対しても「まあなんとかなるだろう」としか説明のしようがありません。「輿水が言うのだから、大丈夫なのだろう」と信用してもらうしかないのです。実際に本当に理解できるのは、当社でもチーフブレンダーとマスターブレンダーしかいないと思います。サントリーが代々トップマネジメントにマスターブレンダーがいるのはそういう意味もあるのだと思います。

―― すでにある商品のブレンドはどのように見直しを考えるのですか。
輿水 理屈上はブレンドの組み合わせは無限にありますが、頭の中のイメージブレンドで可能性を絞り込む。まずはそこからですね。最後は実際にテストブレンドを繰り返しやってみて決める。そんな感じです。

■「やってみなはれ」の精神脈々と
輿水 ただし、あまり凝り固まった仕事をしていると新しいことはできません。そこでときどきはありえないこと、使ったことのない素材を使ってみるのも大切です。サントリーは伝統的に新しい取り組みに寛容で、いろいろな試行錯誤の結果がブレンダーとしての発想力を高めてくれます。原酒を仕込む時点では効果がよくわからなくてもやらせてくれることが多いです。

できのよい原酒ばかりではよいブレンドウイスキーはできない―― ういう新しいチャレンジはどこから生まれるのですか
輿水 ブレンダー発の指示、研究開発部署からの提案、いろいろなルートから新しい提案が出されます。その段階ではどんな原酒になるかわからない、使い道も決まっていないこともあります。よく言うのですが、できのよい原酒ばかりをまぜても必ずしもよいブレンドウイスキーにはならないのです。変わり者の原酒もブレンドにはとても重要で、それがブレンドの貴重な素材になることのほうが多いです。だから、原酒を仕込む段階ではさまざまなチャレンジをしています。

■ 「響17年」開発秘話
―― 変わりものの原酒で代表的なものにはどんなものがありますか。
輿水 響で有名になったミズナラ樽の原酒ですね。実はミズナラを使った樽は1940年代から使っていました。きっかけは外国から樽材が自由に調達できなくてやむなく国産の樽材で、ということだったようです。最初の頃は特に価値のある原酒になるという見込みも評価もありませんでした。しかし、そのミズナラの樽を2回、3回と貯蔵に使ううちに気になる癖が抜けて、“和”的な独特のよい香りがでてきました。そのことが実際に世間から評価されるのは1989年に新発売した『響17年』からです。ミズナラ樽の原酒がとても重要な香味成分になったので、樽の評価も見直され、それまでは単に和樽と呼んでいましたが、このころからミズナラ樽と区分して呼ぶようになりました。これは当社の財産です。

―― 日本独自の樽材というものは、他にもあるのですが。
輿水 詳しくお伝えすることはできませんが、他にもいろいろな樽材を試験的に使っています。商品の特徴になったものとしては、『膳』のキィになった杉樽なんかもあります。杉樽も独特な“和”的な香りをつけてくれて、このコンセプトは今のハイボールにしておいしいトリスにも生きています。トリスハイボールの爽快感のキィは杉樽貯蔵の原酒です。杉以外にも檜をはじめいろいろな材質の樽で熟成させている原酒があります。何年か先にはまた新しい樽の原酒がキイとなる商品になるかもしれません。


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