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第1回 ハッピーを大きくしたプレミアムビール
狩野卓也


第2回 変わりゆく饗宴外交
西川恵


第3回 かかりつけの名医のみつけ方
松井宏夫


第4回 日本の赤ワインの礎「マスカット・ベーリーA」
坂田 敏


第5回 週末はいつもアウトドア
廣川健太郎


第6回 不可能の壁を超える実践優位のマーケティング
石井淳蔵


第7回 ブレンダーという仕事
輿水精一


第8回 過去の体験が濾過されて曲になる
村井秀清


第9回 グラスはつくり手と飲み手をつなぐ
庄司大輔

第10回 落語を世界へ 英語で伝える日本の話芸
立川志の春


第11回 和食は「ご飯がたべたい」料理の文化
阿古真理


第12回 若者のための酒場歩きガイド
橋本健二


第13回 画像で気持ちが伝わる ネット口コミが市場を動かす
徳力基彦


第14回 創業60周年 復活した十三トリスバー
江川栄治


第15回 カクテルバーのコミュニティ
豊川紗佳


第16回 次に目指すは日本のバー文化の底上げ
坪倉健児


第17回 カクテルアワード受賞経験を倉敷で活かす
松下知寛

第18回 地域でつくるオペラアカデミー「農楽塾」
中嶋彰子

第19回 「消費されるワインの最高峰」を目指して
椎名敬

酒論稿集
酒器論稿

地域でつくるオペラアカデミー「農楽塾」
■シャトー経営のビジネスモデル
正門から続くブドウ畑を抜けると緑豊かな池越しに優雅なシャトーが現れた「フランスの庭園は左右対称の幾何学的なスタイルですが、池を拡張し、あえて自然感のあるイギリス庭園の要素を加えました。小川周辺に自生していた竹を残して東洋的な要素も加えてあります。あそこに見える水芭蕉のような白い花はアロムで、弊社の白ワイン『レ・ザルム・ド・ラグランジュ』の商品名になっています。日本ではカラーと呼ばれ、結婚式などの花束にもよく使われているようです」
 目の前には優雅な庭園、後ろには立派な洋館。建物は1700年代のバロック様式で、左の塔の部分は1800年代に増設された、アーチ状のデコレーションが特徴のロマネスク様式です。シャトー・ラグランジュの歴史は古く、およそ400年前の古文書に「高貴な館ラグランジュ」という言葉が登場します。
「私たちが引き継いだときは庭も建物もひどい状況でした。塔の部分は火事があった後、資金難で修復もできず廃墟のようでした。前オーナーは60年間保有していましたが世界恐慌や戦争で没落し、280haあった畑や山林を切り売りしながら凌いできましたが、最後は手放して1983年にサントリーが取得しました。あまりにひどい状態だったために他に買い手がいなかった。だから日本人が買えたともいえ、ラッキーだったと思います。
 取得の際、会社の一部には『安定した経営をするのは難しい』と慎重な意見もあったようです。しかし当時の佐治敬三社長が決断します。佐治社長は開高健氏らと世界中の酒を見て回るなかで、シャトー経営のなんたるかがわかっていたのだと思います。品質を高めることで、シャトーワインは10倍、20倍で取引されるようになることもあります。佐治社長にはそれが見えていたのでしょう。実際、しばらくして利益も上がるようになり、その後も経営状態は安定しています」
 シャトービジネスはブランドビジネスでもあります。ブランド価値を上げるには時間と忍耐が必要ですが、ブランドとして認知されれば、高い収益を上げることも可能になります。1本5万円、10万円で取引されるワインも、製造原価は他のワイナリーとそう変わりません。もちろんハイエンドであり続けるために必要なことはたくさんありますが、シャトー経営は量産型の酒類製造業とはまったく異なるビジネスモデルです。
正門から続くブドウ畑を抜けると緑豊かな池越しに優雅なシャトーが現れた正門から続くブドウ畑を抜けると緑豊かな池越しに優雅なシャトーが現れた
■最新テクノロジーが融合された伝統手法
高性能の選果機の活用でワインは格段によくなった 庭園を抜けると醸造棟の前の広場に出ました。椎名さんはここで立ち止まり、収穫時にはここにテントを張ってブドウの選果作業をすると説明します。シャトー・ラグランジュではブドウはすべて手摘みします。摘みながら畑で実を選別し、さらにこの広場で未熟な実や傷んだ実を選り分けていきます。
「人の手で粗い選果をした後、除梗機で実を梗から外して粒にバラし、さらにこの選果機で選り分けます。光学的に画像解析で不良な実を見分け、エアーで瞬時に弾き飛ばします。これを人間がやろうとすると30人も並んでやるようになりますが、この選果機は2人でオペレーションでき、処理速度も速い。雨でも作業ができるので、収穫をギリギリまで待てるようになります」
 ブドウは収穫してすぐに仕込みます。摘んだところから劣化が始まるので、迅速に醸造段階に運ぶ仕組みの有無が、収穫時期を左右するのです。「完熟するまで待てる」とは、選果、圧搾、発酵へとつながるシステムの完成度が高いことを意味します。
小さなタンクで区画ごとにワインを仕込む「発酵に使うステンレスタンクは2008年頃から小さいサイズに入れ替えを進めてきました。タンクが大きいと複数の区画のブドウを一緒にせざるを得なくなります。私たちが植えたブドウは20年〜30年経ち、畑の個性が出てきました。その良さを生かすよう、ピンポイントで完熟するタイミングを待ち、区画ごとの仕込みをおこなっています。発酵温度はコンピューターでモニタリングして、年によっては低い温度で柔らかく仕上げ、強い年は温度を上げてタンニンを活かすようにするなど、目指すスタイルに応じてコントロールします。機械は品質を上げてはくれません。それを人が使いこなすことで品質を上げるのです」
150年前の絵(上)と同じ場所で同じ時期に写真撮影(下) 最新のテクノロジーを活用する一方で、ワインづくりの本質は昔と変わりません。醸造棟から樽貯蔵庫に移動すると1枚の絵画が飾られていました。1862年のシャトー・ラグランジュの収穫風景を描いたものです。隣に同じ場所で現在の従業員たちが作業する様子を撮った写真が並んでいます。150年を経て馬車はトラクターに変わり、作業員は携帯電話を手にしていますが、摘んだブドウを入れた籠を大事そうに抱える姿や畑や雲の様子は昔と同じです。

■ボルドーの一員として認められた「花祭り」開催
ワインツーリズムの盛り上がりとともに増設したテイスティングルーム ブドウの花が咲く6月、ボルドーでは「花祭り(La Fete de la Fleur)」という大きな催しが開かれます。世界中からワイン関係者や文化人、各国の大使などが集まる盛大なパーティです。会場は格付けシャトーのなかから選ばれますが、サントリーが経営するようになって30年の記念の年、2013年にはシャトー・ラグランジュで開催されました。
「30年間こつこつと品質の向上に努めてきて、やっと名実ともに一員として認められたと、感慨深いものがありました。ほかにも会場を提供したいと立候補したシャトーもありましたが、ラグランジュにやらせてあげようと多くの方々が動いてくれました。1500人ものお客様をお迎えし、サービススタッフを入れると2000人以上がここに集いました。
 その時に言われたのが『もっと“日本”を出したほうがいい。日本人が経営しているのだから』ということです。それまで意識して日本を出さないようにやってきたのですが、どうやら日本的な要素を上手にアピールすることがむしろポジティブに受けとめられるタイミングになってきたようです。
椎名副会長(右)とシャトー専属となった佐藤シェフ 今日ご用意したお食事は私どもが初めて抱える日本人シェフが担当しました。日本の和食の名門で長く働き、海外での活躍の場を求めて渡仏してきました。ボルドーは美食の街でありながら、星付のレストランが少ないのですが、シャトーが腕のいいシェフを抱えて、シャトーでお客様をもてなすことが尊ばれるからなのです。うちでもそうした機会が年に150回、多い時では200回を超えます。そういった機会に、和の要素を慎み深く表現できる日本人シェフとして彼を雇いました。昨夜は30人ほどの晩餐会があり、シェフと私とで考えた料理とワインを楽しんでいただきました。和食の要素を取り入れたフレンチ、フュージョン料理と言ってよいと思いますが、大好評でした。今、エレガントで繊細な日本食の評価が世界的に非常に高くなっているので、ワインとも相乗効果を発揮してくれると思います」
 最後に椎名さんにシャトー・ラグランジュが目指すワインについてうかがいました。
「格付けに見合う評価をいただけるようにしたうえで、投機的なワインではなく、消費されるワインの最高峰を目指します。どこまでもエレガントで、品のよさを大事にしたいですし、日本人オーナーである以上、エコロジカルなワインづくりも進めます。すでに醸造方法を変えてCO2の排出を10%削減し、水の使用も極力抑えている活動が地元紙の記事になり、高く評価されています。
 畑のポテンシャルは変えようがないのですけれど、よさを最大限に引き出し、ワインのスタイルを方向づけるのは造り手です。その意味では造り手を含めてのテロワール。シャトー・ラグランジュは時代に振り回されることなく、日本人の経営するシャトーとして、エレガントで奥行きのあるワインを目指し続けてまいります」         
陽気のいい時にはブドウ畑の見える庭で食事会を催しブドウ畑に囲まれたゲスト用の宿泊施設。かつての季節工の宿舎を改装したもの 佐藤シェフ渾身のひと皿。「鰈の一夜干し、夏の青野菜のトマトゼリー寄せ、春菊のソースを添えて」ブドウの枝でグリルした子羊背肉、クロケット、茄子田楽、ひよこ豆のサラダ」

(2017年6月23日 於シャトー・ラグランジュ 聞き手:酒文化研究所 山田聡昭)

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