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プロローグ−一八五二年冬 スコットランド(フィクション)
 冬のエジンバラの日暮れは早い。その日は特に凍り付くような寒さを伴った霧が北海から押し寄せ街をすっぽり覆っていて、午後三 時というのにすっかり暗かった。ニコルソン通りの酒商アッシャー氏の店内も暖炉が燃えていたが快適な温度というには程遠く、ゆら ゆらするランプは卓上を照らすだけで、数ヤード先の壁に掛かった絵も見えなかった。
 クリスマス前というのに客足はサッパリで午後からは馴染みのパブの経営者がウイスキーを少し買っていっただけだった。「あの客 はいろいろ味見するが、こちらの説明に納得すると買ってくれる。中にはたくさん試飲した挙げ句、買わないのもいるがやはり説明は 大事だ。それにしても今日はもう駄目そうだ、早めに閉めるか」とつぶやきながらアッシャー氏はカウンターの上を見た。そこには先程 の客が味見したウイスキーが数個のグラスに残っていて、琥珀色がランプの光に揺れていた。グラスを一つずつ手にとって香りをかぎ ながらアッシャー氏は、「うん、こいつは自分が代理店をやっているグレンリベットだ。上品な香り立ちとバランスのよさは抜群で人 気は上々だが、手に入りにくいし高い。次のこいつもグレンリベット地区なのにグレンリベットとは全然ちがう。くせが無いので、早 く熟成するし飲みやすいが地味で個性に乏しく魅力がもう一つ。その隣はと……アイララフロエイクだ。ピート臭が強烈で間違いよう もない。ピート臭の奥には優しく、甘い香りがあって素晴らしいウイスキーだけど、慣れるまでよさはわかりにくい」とつぶやいた。
 一杯きゅっとやりたくなったアッシャー氏は、少なくなったグレンリベットのグラスに隣のハイランドやアイラをえいやっと放りこ み、ブレンダーの職業的性癖となっている例の、グラスを少し振ってから鼻を近づけた。その瞬間、アッシャー氏は「えっ?」と大き な声を出すと、首を立てて鼻をグラスから離した。何が起こったのか全くわからなかったが、今自分が香りを嗅いだウイスキー、たっ た今自分が残ったウイスキーを何の気なしに混ぜ合せた物は、混ぜる前のどれとも完全に別物であったからである。
 アッシャー氏はもう一度グラスに鼻を近づけ、今度は慎重に香りを嗅いでいった。香りのトップに軽く立ち上ってくる馥郁とした熟 成香、そのすぐ下には果実香やカラメル様の少し重く甘い香りがあり、更にその奥には少しむっとするゆで卵のような臭いや香ばしい 穀物様の匂いが感じられた。一番底には強いピートや海草様の香りがあって、全体をしっかり支えていた。構成要素の一つ一つのモル トのはっきりした個性は陰を潜めた代わりに、次から次へと沸きだす重層的な香りの展開は妖しく、全体としてもバランスが取れていた。
 「ふむ」と独り言をいったアッシャー氏は、この小さなグラスの中でつくられた世界初のブレンデッドウイスキーをそっと口に含んだ。 角がとれて円やかになった口当たり、口内に広がる複雑な味わい、スムースな喉越し、適度に充実感がありながら、しつこすぎない後 味等、こういった味を氏は今まで味わったことがなかった。「そうだ混ぜればいいんだ。今までに無い、円やかで飲みやすい味になる し、品質も安定する。シングルは樽によって味にバラツキがあって客がよく苦情を言うのが頭痛の種だった」とこれがアッシャー氏に 閃いたインスピレーションだった。
 その後数カ月間彼はブレンドに没頭した。始め簡単に思えたブレンドの作業も、やってみると組み合わせは何百とあり、その中から、 これはと思うもの、目標としていた「使った原料ウイスキーのどれよりも味わいの良いウキーを創る」は容易ではなかった。
 しかもブレンデッドウイスキーを売ることは、全く新しいビジネスジャンルへの挑戦だった。自分のブランド商品として顧客に何回 も買ってもらうことを念頭に置くと、品質は今後何年にもわたる安定性が必要だった。その為には原料となる原酒の在庫のやりくりも 計算しなければならない。何より、ビジネスとしてやる以上、コストと資金繰りの目処も欠かせなかった。苦闘の月日は続いたが、翌 年の一八五三年に正統商品としては世界初のブレンデッドウイスキー「Old Vatted Glenlivet」が世に出た(正確にはこのウイスキーは異なるモ ルト同志の混合であるので、現在のブレンドの定義である種々のモルトとグレーンのブレンドを混ぜ合せたもの、とは異なる。しかしながら、広義 のブレンド、すなわち個性、特性の異なるものを混ぜ合せることで、素材とは異なる性質を生み出すということをウイスキーの世界で初めておこな ったのはアンドリュー・アッシャー氏と思われ、それ故にアッシャーが「ブレンド」の始祖と認められることになる)。

1.ブレンドの意味合い
 古代メソポタミヤで誕生した蒸留の技術はさておいて、私はウイスキー史上の三大技術革新は@連続蒸留法の発明、A樽による熟成 効果の発見、そしてBがプロローグで述べたブレンデッドウイスキーの発明、であると考えている。ウイスキーに限らず多くの酒に関 する新発見、新発明は科学的な論理の帰結というよりこのようなセレンディピティー(偶然の試行や発見)によるものが多い。しかし ながら、その発見を有効に活かせるかどうかは発見者の慧眼による。アッシャーがブレンデッドウイスキーを最初に発売したのは一八 五三年だが、モルトとグレーンをブレンドした今で言うブレンデッドが大々的に生産、販売されるようになったのは、一八六〇年以降 である。ブレンドによって新しい品質を創成したのはまさに画期的な出来事であり、この発明によって、初めてウイスキーが世界的な 発展をとげたのは事実である。現在、世界の重要なウイスキーに占めるブレンデッドの割合は八五%以上と推定される。
 ブレンドはこのように画期的な原動力となったわけだが、その理由や意味合いを整理してみると以下のように考えられる。
@新しい品質のジャンルを創りだし消費者のニーズにフィットした。重厚、個性的で多様な性格のモルトウイスキーと、酒としての旨 味を持ちながらも、軽く、均質なグレーンウイスキーをブレンドすることで可能になった。
A組み合わせの中で、より細分化したテーストの商品開発が可能になった。明確な特徴を持ったブレンドは、ブレンダーが注力すると ころである。
B品質の安定性が抜群によくなった。多種類のモルトを使用すること、品質が安定しているグレーンを配合することで実現した。安定性はブランドビジネスの基盤である。
C供給力が大幅に増加した。量産可能なグレーンを使用することで、生産能力が飛躍的に高まった(平均的に見てモルトとグレーンの配合 比率は三五対六五、一カ所のグレーン蒸留所の能力は一モルト蒸留所の二〇倍程度にまで達する)。
Dコストベネフィットが大きい。グレーンの製造原価はモルトの約三分の一である。

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