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なぜ、ぶどうの木は低いのか?
 私たちは二台の乗用車に分乗してフィレンツェを立ち、キャンティ地方へ向かった。ワインの酒蔵を訪ねようというわけだ。案内はアドリア ーナという独身の美女。もう一人アシスタントの男性がいたが、名前を忘れた。
 六月のある晴れた日、オリーブ畑の青みをおびた緑がそよ風にゆれ、きらめく。私は取材旅行をほぼ終えた段階だったから、気分は遊び。ロ ーマを起点にウンブリアとトスカーナ両州の主要都市を巡り、「都市の原理を考える」というテーマの取材をつづけてきたのだが、きょうは休 日。頭をからっぽにして、イタリアの太陽と空気を胸いっぱいに吸い込もうというわけだ。丘をぬい、丘を越え、一時間半ほどたっただろうか、 キャンティ地方のとある小さな街についた。
 アドリアーナは、私のものいいのどこをとらえてか、私のことを「ロマンティコ」という。ペルージア大学の学者たちにインタビューしたと きの印象にもとづくらしい。私はそのお返しに、彼女のことを、われらの守護神「サン・アドリアーナ」ということにした。まことに心強い守 護神ぶりで、このときもまた、日本人旅行者がめったに行けないような山の上のレストランと酒蔵に案内してくれた。
 その道すがら、彼女は突然、車を止めた。目の前にきれいなバラのアーチがある。エンジンを止めれば深いしじまだ。中天の太陽、雲ひとつ ない青空。一瞬ときがとまったようだった。彼女は車を降り、小走りに小径を急ぐ。いったい何をするのだろうと思っていると、小径の奥の農 家からハサミを借りて戻ってくる。私は察知した。あの美しいバラを少々わけてほしいと交渉してきたにちがいないと。
 私はとっさに車を降り、彼女からハサミをうけとり、バラの小枝を四本切った。そして、うやうやしく一輪を聖アドリアーナに、三輪を同行 の日本女性に手わたした。のどかな、のどかなピクニック気分。はじめて味わうイタリアの田舎。

 丘の上の巨木のおいしげる一角にワイン蔵があった。巨木がこの家の古さを証明している。門をはいると、庭に孔雀が放し飼いされている。 なかに純白の孔雀がいた。白い馬、白い象、白い孔雀。私の連想は走る。白馬の天子、白い象に乗る普賢菩薩、白孔雀に乗る孔雀明王。何やら聖 なるもの、霊なるもの、精なるものを感じさせるたたずまいである。
 蔵の中を案内される。静かな時間の流れ、決して急がない時間、待つことの意味、決して裏切ることのない時間。ワインは刻一刻と着実に熟 成していく。
 蔵の上のベランダ状の見晴らし台に立てば、見渡すかぎりのぶどう畑が、傾きかけた太陽の下に濃い影をおとしている。なぜイタリアのみな らずヨーロッパのぶどうは背丈ほどの立木姿にしてあるのか、なぜ日本のぶどうは棚にはわせるのか。この違いについて、まだ納得できる説を 聞いたことがない。気候風土の差だけでは説明のつかないところがある。収穫量の差と経済観の差をいう人もいるが、それもよくわからないとこ ろがある。
 聖アドリアーナのアシスタントの彼はこう説明するのである。地上部分を切り詰めることで、成分の濃いぶどうが収穫できること、それでこ そいいワインになる。たくさん収穫することが目的ではなく、少しでもいいからいいワインをつくること、それが目的なのだと。そのうえに彼 はこうもいう。地上部分は毎年同じ高さに切られているが、根の方は毎年のびつづけ、深く深く茂っていく。そしてこの大地のさまざまな養分 を吸い上げているのだと。
 そのイメージに私はかるい感動を覚えた。地上部分の何十倍、何百倍かの根っこを想像してみる。仮に二メートルのぶどうの木があったとす る。樹齢十年、二十年、三十年……百年。いったい根はどれほど深くのびるのであろうか。地上部分とほぼ同じ割り合いで根がのびるとしたら、 毎年一メートルぐらいはのびるだろう。すると十年で十メートル、二十年で二十メートル、三十年で三十メートル、百年で百メートルだ。
 それはすごいイメージだ。大地の深部から水分にとけこんだすべての滋養を吸い上げさせる。数えきれないほどの多様なミネラルを吸い上げ させ、地上にあっては太陽でそれを濃縮させる。その濃度を高めるためには地上部分を徒長させてはならない。古代のローマ人たちはそのよう に考えて、毎年、のびたがる枝を切り詰め、その分だけ根がのびることを願い、祈り、人知ではうかがい知れぬ地の精を求めてやまなかったに ちがいない。
 一本のぶどうの木をつかって、古代人たちは大地の精霊を地上に呼び出したくて、あのように仕立てたにちがいない。ソムリエたちがかぎ分 ける土地の匂いというのは、その大地の精霊の差異にちがいない。ワイン蔵にねかせているうちに、ぶどうの成分が後退し、大地の精霊がじわ じわと浮上してくる。そう思いながらしんぼうづよく待っているのだ。私はそのように確信した。それ以外にいったい何があるというのだ。
 孔雀がときどきしじまを破る。私たちはワインリストに従って試飲を始めた。下のランクから徐々に上げていく。私の味覚によると、下から 上にいくに従って、ぶどうの味が薄くなり、大地の味が濃くなっていく。私はそのことを確認しただけで満足だった。自分なりの大発見だったか らだ。ぶどうの木の仕立て方からワインのランキングにいたるまで、私なりの解釈で一貫した理屈が組み立てられるではないか。誰が何といお うと譲るわけにはいかない。私はイマジネーションの中で古代人とそのことを確認し合っているのだから、近代の科学的知見が何といおうと、 それを認めるわけにはいかない。
 私はアルコールに弱い体質だから、試飲を重ねるうちに酔いつぶれてしまい、帰りの車の中では白河夜舟。聖アドリアーナの夢をみた。

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