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 一七六〇年代、イギリスに始まった産業革命は、その後の一〇〇年間で、ほぼ世界中の主要国に波及した。だがその中にあって、酒 づくりは、その技術的基礎を固めるのに微生物学の知識を必要としたため、この未知の領域の開拓者ルイ・パストゥールが登場するま で、他の産業分野の進歩から大きく遅れた。
 実際、ビール醸造が装置産業化するには、カール・フォン・リンデによる冷凍機の発明(一八七三年)に加えて、エミール・クリス チャン・ハンセンによる酵母の純粋培養法が確立(一八八三年)されなければならなかった。しかし、二〇世紀になってビール産業が 大発展を遂げるのは、これらの技術的基礎の上に、王冠の発明(一八九二年)と壜口の均一化を実現した機械製壜(一九〇三年)、そ してパストゥールが提唱した低温殺菌法(一八七六年)を組み合わせ、全体がひとつのシステムとして完成してからである。
 ビール醸造業はここで工業化を達成した。装置とそれを使いこなす技術をセットにして、生産の現場はどこへでも移転可能となったの である。工業化は文明化にほかならない。日本の場合、冷凍機と下面醗酵酵母による低温醗酵技術が導入されたのは明治二〇年代であ るが、壜詰、殺菌までの全工程がマス・マーケットを志向して装置化するのは、機械製壜が始まる明治四四年(一九一一年)、グロー バルにみて、決して遅れてはいない。
 一方、ウイスキー、ウオトカ、ホワイト・ラム、ロンドン・ドライ・ジンなど、一九世紀に胎頭した蒸留酒の技術的基礎は、アイル ランド人イーニアス・カフェイが発明したパテント・スティル(一八三二年)に発している。その後、連続式蒸留機の進歩は、精留能 力を高めることを目指して、一九六〇年代、スーパー・アロスパス式に到達した。
 連続式蒸留機から生まれた新しいスピリッツが酒として公認されるまでには幾多の論争があった。原料に木材や亜硫酸パルプの廃液 を使うなど、技術の進歩が酒づくりの常識から逸脱したためである。けれども、単式蒸留機によるスコッチ・モルトやコニヤックのよ うに地域性の濃厚な古典的スタイルの蒸留酒と比較して、量産化とともに格段に無個性化したこれらの酒は、ミックス・ドリンクの基 酒として「割って飲む」新しい飲酒文化を二〇世紀にもたらしたのであった。
 このように地域性の強い酒が普遍化していく中で、日本というローカルな市場に停滞し続けた清酒の二〇世紀はどうであったか、振 り返ってみよう。
 ビール醸造のわが国への技術移転は、オスカー・コルシェルト、ウイリアム・アトキンソンら、お雇い外国人を介して、清酒醸造の 近代化に少なからず影響を与えた。醸造試験所の開設(一九〇四年)にあたって掲げた所期の具体的目標にも、それは当然及んでいる と見てよい。
 同時に、清酒醸造技術の発達は、固有の機械装置の開発によって、杜氏集団によるマニュファクチャー的生産態勢から、工業的生産 方式への転換を促した。それらを列記すれば、佐竹式竪型精米機(一九三〇年)、自動製麹機(一九六〇年)、連続蒸米機(一九六一年)、 藪田式自動醪圧搾機(一九六三年)などである。
 醸造工程の機械化が進んだことによって、これらをシステムとしてまとめた四季醸造蔵が実現したのは、一九六三年であった。ロー カルな酒である清酒もまた、グローバルな酒ビールと同じように装置化したのである。
 こうして二〇世紀が終ったいま、この一〇〇年を総括すれば、世界の酒づくりがたどった道は、科学技術の進歩に同調して合理性を 追求することであった。その結果、酒づくりは工業化し、均質大量の商品が生産されるようになった。この意味は、原料産地に由来す る品質の差異が飲み手にわからなくなる、ということである。それはまた、マス・マーケットを商標によって制覇することでもあった。
 すべての酒は、本来、自給自足の生活を営む人たちの暮らしに文化として存在するものであった。二〇世紀は、それら文化の酒の中 から、世界的な規模で市場を獲得した巨大なブランドが出現したことによって特徴づけられる。例えば、ビールにおいて、アメリカの バドワイザー、ヨーロッパのカールスベルヒ、ハイネケン。スコッチにおけるジョニー・ウォーカー。ホワイト・ラムのバカルディ。ウ オトカのスミルノフ、などである。これらを文化の酒ということはできない。あまりにも普遍化しているからである。言葉を代えれば、 産地にこだわらず、世界中どこででも、ライセンス生産が可能なのである。
 これらを、文明の酒と呼ぶことに異論はあるまい。二〇世紀は、まさしく、酒が文明化した時代であった。

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