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「乾杯」越境した酒作法
酒論稿集
酒の文化論
「乾杯」越境した酒作法
日本酒で乾杯のココロ
 酒文化の会会員であれば、まずほとんどの人が「日本酒で乾杯」という日本酒造組合中央会のキャッチフレーズを見たことがあると 思う。このキャッチフレーズが制定されたのは一九七四年のことで、もうすぐ三〇年が経過しようとしている。はじめてこれを目にし たときに不思議な感じをもったものである。当時でも、多くの飲酒シーンでの乾杯はビールだったかもしれないが、より正式な場合や 和室での宴席などでは、日本酒で乾杯がされていただろうと想像していたからだ。
 しかし、今回日本の乾杯の変遷を調べてみると、日本で乾杯という行為が一般大衆にも普及しはじめたのは、明治後半から大正時代 にかけてであったこと、当時の世評から、日本酒よりも外来の酒を尊ぶ気風が強かったことなどがわかった。そして、戦後の経済成長 とともに、日本の飲酒の主役は清酒からビールに移るが、どうやら乾杯の主役は、かなり古い頃からビールであったということのよう なのだ。
 乾杯に類する言葉は世界各国にある。乾杯はいくつかの地域で生きていく喜びを表現する行為として自然に発生したのであろう。あ るいは文化の違いを超えて広がったのであろう。そして、多くの国で乾杯をおこなうときにはその国のローカルな酒、言い替えればも っとも容易に原料が入手できる国民酒でおこなわれていることが多い。表現としては、イングランドではトースト(ビール)、ドイツ ではプロージット(ビール)、スペインではサルー(ワイン)、スコットランドではスランジェバー(スコッチ)などが有名である。
 諸外国では当たり前のように、乾杯の酒には地元の酒が使用されてきた。しかし日本では事情が異なっていた。このことに着目しては じめられたキャンペーンが「日本酒で乾杯」なのであろう。
 またわざわざ「日本酒で乾杯」ということを提起したメッセージは、一九七〇年に戦後の日本酒の消費量がピークを迎えて、減少に 転じはじめたときの反抗策のひとつとして生まれたとも推察できる。

増加する「乾杯しない」酒
 以来三〇年。日本酒の需要振興ということではなく、日本において乾杯という飲酒シーンがどのように生まれ、その行動と日本の伝 統酒であった清酒、焼酎というものがどのように関係していったのかを考えてみたい。
 セレモニー的な意味での乾杯の意味づけはますます不明瞭になってきたとも言える。月刊『酒文化』五月号でまとめたように、この 乾杯のロジックの延長上にあった「とりあえずビール」という行為すらが、いまや減少しつつあるのだ。お酒を飲むこと自体はたしか に増えたのだが、それはあまりにも日常化し、自分好みの酒、飲みやすい酒、に流れていく。簡単な酒席では、飲酒がきわめてパーソナル なものになっている。乾杯のような行為は面倒なセレモニーとして敬遠されつつある。対極では、シングルモルトや大吟醸など特別な 機会に飲む、味を確かめるといった酒の消費は増えている。

ひやで礼講 燗は無礼講
 「乾杯!」という言葉とともに始まる現代日本の酒宴。これを現在の私たちは酒宴と呼んでいるが、厳密には直会(なおらい)と饗宴に区別され るものであった(神崎宣武著『三三九度』・岩波書店)。日本の伝統的な考え方では、前者を礼講、後者を無礼講としていて、古くは ふたつの行為は厳然と区別されていた。さらに言えば、直会のあるような礼式、催事以外ではなかなか酒を飲むことができなかった。 具体的には正月、祭、婚礼、収穫などがそれにあたる。
 基本的に直会とは祭祀性が強いものだ。今日にその形を残している代表的なものに、結 婚式の三三九度などがある。神様からのお下がりとしてのお酒を三献いただく。同様にそ の名残は、伝統的な和懐石の献立にも見られる。先付として肴の三点盛、お酒、そして汁物と小量のご飯が出てくることがある。ここ までが直会にあたる。
 以降は引き続き饗宴に進み、焼き魚をはじめさまざまなご馳走が並んでくる。この席に出てくる酒に注目してみると、最初の直会に あたる部分で出てくるのは、必ず冷酒(常温の酒)である。しかし、その後の饗宴に場が移ると燗酒がふつうに飲まれてきた。つまり、 同じ清酒でありながら、直会では冷たい酒、饗宴では温めた酒と明確に区分することで場を変化させてきた。
 今日では、特殊な場合を除いて、最初の直会的な部分、つまり乾杯のときに出てくるのはビールである。乾杯をした後には日本酒や ワインに移る場合も多い。これが立食以外の洋食の場合には、スパークリングワインがビールのかわりをすることも増えた。
 和風の席でもビールが選ばれる理由は「喉の乾きを癒す」「アルコール度数が低い」「誰にでも飲める」などの機能的なウェイトも大 きいことだろうが、直会の酒は冷たく、饗宴の酒は温かくという区分が生きているのかもしれない。料理屋などで出す日本酒はお銚子 に入った燗酒が中心であったからだ。

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