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大人の文化と酒の飲み方

ワンカップはどう生まれ、どこへ行くのか?

「酒を混ぜる文化」考

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ワンカップはどう生まれ、どこへ行くのか?
 昨年、カップ酒のパイオニア「ワンカップ大関」は発売四〇周年を迎えた。当初、その斬新なコンセプトで話題を呼んだカップ酒は、ときと共に「ヘビーユーザーの酒」と見なされ、一般的なインパクトを失っていた。だが、近年地方酒蔵などから次々新製品が発売されるにつれ、若者からも注目されるアイテムとして再生しようとしている。そこで、ワンカップ大関の生みの親である大関の長部二郎氏と、地方酒事情に詳しい谷本亙氏の対談をお願いした。

−「ワンカップ大関」が登場したのが昭和三九年ですが、当時、なぜそれまでなかったカップ容器のお酒をつくってみようということを考えられたのかというあたりから、お話を聞かせていただければと思います。
長部 その当時、私は大関の資材部長をしておりましてね。山村硝子に日垣さんという当時の課長がおられて、彼と地元の居酒屋で飲んでおりましたときに話が出たんです。ジャムなんかに使うアンカー瓶の自動機械がアメリカから入ったと。「酒もこういう広口カップ形で、どうですかな」って持ってきたのですね。ただ、王冠がネジ蓋でね。酒はネジではいけません。
−それでプルアップ式にしたわけですね。
長部 そうです。最初は先代の社長、つまり親父に二つ提案したんです。ひとつはいまのカップ、もうひとつは病院で使う薬の入ったアンプルの大きい形で。それに酒を詰めてね、ストローでチューッとやる(笑)。
−薬のアンプルみたいですね。
谷本 ほう。そんな秘話がありましたか。
長部 親父はそれはダメだと言いまして。そんな病院で使うようなものに酒を入れるのは、あかん。それに頚をやすりでカットするときガラスの粉が入る。というわけでアンプルはやめて、カップのほうでやれと命令が出たのです。結果的に正解でしたね。

幻の「ワンコップ」
長部 この「ワンカップ」いう名前は、私がつけましてね。私は英語が苦手なので、そのころ娘と一緒に英会話の練習をしていました。そのときに、「ワン・カップ・オブ・カフィ」ってね、子どもと一緒にやっていたとき、これやと(笑)。「ワン・カップ・オブ酒」やいうことでした。
−最初から洋風ですね、名前もデザインも。
長部 ぼくは、この松川先生のデザインが長く売れている原因やと思うね。最初にこれを見て「おっ、おもしろい」言うたのはうちの先代の親父ですわ。みんなははじめ、英語ではどやろかと言うてました。親父がひとつうるさい文句をつけたのは、「これでええけどな、日本ではコップ酒を飲むと言うじゃないか。これは『カップ』じゃなくて『コップ』にしろ」と言ったのです(笑)。
−「ワンコップ」ですか。
長部 でもそれは違うで、ということで「カップ」で押し切りましたけどね。このデザインがいいでしょう。
谷本 非常にいいです。
長部 当時から現在まで、うちにはデザイン会議というのがありましてな。メンバーには東京芸術大学の小池岩太郎先生、東京の女子美術大学の松川烝二先生に入っていただき、瓶形は小池先生が、ラベルは松川先生が中心となってまとめてくださいました。
谷本 ぼくは、このオリジナルの瓶形が好きですね。
長部 やっぱり、素直なのが一番いいね。これは、リップが出てるでしょ。口当たりが非常にいい。
谷本 リップじゃなくて、「口づけ」と言ってください(笑)。口づけの部分の絶妙なバランスですね。これが、結果としてたくさん飲めるようにできている。
長部 おっしゃる通り。
谷本 いまでも、いろんな中小の酒蔵さんは、このカップを使ってらっしゃいますね。それとぼくがすごいなと思ったのは、この、手で持ったときの「持ち感」ですね、この感性。それからこのリップ、口づけの部分のすばらしさ。これは最高の発明だと思います。

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