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酒論稿集
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灘五郷の伝統と革新
 二一世紀を目前に控え、清酒は大きな転換期を迎えている。急速に進む国際化と情報化が、日本の酒造業と消費形態を変貌させつつある。また、規制緩和により酒類の流通変動が一気に進んでいる。
 「灘」が銘醸地の名声を得て二〇〇年あまり。かつて灘酒は、酒造技術の優位性と都市市場へ向けた卓越したマーケティングで、日本全国を席巻した。しかし、今日ではそのどちらも充分な競争力を生んでいない。さらに、二年前の阪神・淡路大震災の傷は根深い。「灘」は、今、どのような方向を目指すのか。それは清酒の将来を左右すると言えよう。
 当所では、こうした問題意識により、小西酒造、沢の鶴、辰馬本家酒造の三社のトップへのインタビューを行った。本稿は、これらをもとに神戸大学経営学部の石井淳蔵教授(酒文化の会会員)が、灘酒、あるいは清酒が抱える課題と展望を論考するものである。

1.灘五郷の概略
 灘五郷とは、地図でいえば、神戸市灘区から西宮市までに及ぶ地域に点在する醸造地を言う。明治一九年の摂津灘酒造組合結成時に、 今津郷、魚崎郷、御影郷、西郷に、新たに西宮郷が加わって、今日の灘五郷が形成された。その地域は、江戸の時代から名酒醸造の地域 であったが、現在でもなお、全国の清酒の約三割を生産する日本最大の酒の産地でもある。実際、神戸市灘区から西宮市にかけての海岸 線近くにはずらっと有名な蔵元が並んでいる。
 灘酒が隆盛をきわめたのはどうしてか。いくつかの好条件が重なった。弘化・嘉永年間(一八四四│一八五四)の頃すでに、魚崎の 酒造家岸田忠右衛門が、「西宮の井水、摂播の米、吉野杉の香、丹波杜氏の技倆、六甲の寒風、摂海の温気相合し、相凝りてその特長 を化成する」と記されている(辰馬本家酒造株式会社『創業三百三十年記念誌「白鹿」』)。今でこそ、吉野杉と丹波杜氏の影は薄くなっ たが、それでも、西宮の宮水、播州の山田錦、六甲おろし、瀬戸内の温暖という条件は続いている。
 とくに宮水は、六甲山の伏水で酒の醸造に打ってつけの水である。六甲山の花崗岩を通り、砂礫に磨かれ、貝殻等の養分が溶け込ん だ水は、酵母菌の発育成長を助ける。水道水で仕込みをやれば、鉄分が多くて除鉄しなければだめなのだが、宮水の場合、そんな手間 はいらない。
 灘五郷が日本全国を席巻したのは、このような技術条件に加え、江戸という一大消費地に見合った酒を醸出するため、技術革新に積 極的であったことだと言われている(前出『創業三百三十年記念誌「白鹿」』)。寒づくりの灘流酒造仕込の技術革新、水車精米、樽廻船 の江戸積輸送体制といった革新が、江戸期そして明治期における全国市場制覇に貢献した。
 その灘五郷も、現在では、素人目でみても、必ずしも安泰の地位にあるように見えない。一つは、昨年の阪神・淡路大震災の被害をま ともに受けたせいでもある。当初に想像されたほど被害は大きくなかったという印象はあるが、それでも、震災による被害は、業界全 体で一、二〇〇億円以上に上ると言われている。醸造蔵が壊れ、重要な文化財も失われた。自力で再建できず、転廃業に追い込まれる中小蔵元は少なくないと言われている。
 第二は、最近の酒類業界における流通・価格革命である。酒量販店が各地に次々に出現し、消費者は低価格の酒を店まで出かけて購 入し始めるようになった。それと共に、消費者との古くからのつながりと配達業務を中心に営業してきた伝統的な酒小売店の地位は大 きく低下した。それは、卸店にもそして蔵元にも、影響を及ぼすことになる。
 第三に、酒類消費量は伸びる中で、清酒のシェアが低下していることである。最盛期の一、〇〇〇万石に近かった生産量が、現在は 七五〇万石と、四分の三に落ちている。
 第四に、特級・一級・二級という級別が廃止され、競争の一つの秩序がなくなったことがある。その中で、各社あるいは各清酒の個 性がはっきりしてきた。それは、灘五郷の蔵元にとって、好機にも危機にもなりえたものだが、結果からみると、地酒ブームが起こっ た。灘五郷は、その中に埋没しているように見える。
 灘五郷にとって、いささか悲観的な要因ばかりを強調しすぎたかもしれないが、それが一つの現実である。本稿では、灘五郷を代表 する蔵元の経営者の方々に、そうした現実をどのように理解されておられるのか、そして今後、広く日本酒業界のあり方はどうあるべ きか、そして蔵元はどのような方向を目指すべきなのかを語ってもらった。
 以下では順に、沢の鶴・西村隆治社長、白鹿(辰馬本家酒造)・辰馬章夫社長、そして白雪(小西酒造)・小西新太郎社長の話を構 成したものである。そして最後に、簡単に、インタビューを通じて私の感じたところを述べたい。

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