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オープン価格化であなたの仕事はどう変わる?
 来年、ビール・発泡酒がオープン価格制に移行する見通しです。メーカーは生産者価格だけを示し、リベートは仕事の内容を合理的 に評価して支払うようにすると言っています。今回は、なぜこうした取引制度の変更が必要になったのかを整理し、それによって製販各 層の仕事がどのように変わるかを考えます。

役割と対価のとり方を決める取引制度
 最初に取引制度が必要になる理由と、その働きを確認しましょう。
 創業したばかりのメーカーは、たいてい製造から販売まですべて自分でやります。商品がたくさん売れるようになったり、製造能力 を高めてたくさんつくれるようになると、販売を外部の専門業者に任せるメーカーがでてきます。分業したほうが、上手にやれたり、 効率的であったりするから、とされます。
 メーカーも販売業者も、取引がごく少数の業者間だけでおこなわれるうちは、売買を細かく取り決めなくとも支障はありません。け れども、メーカーがたくさんの販売業者に「売ってください」とお願いしたり、「売らせて欲しい」という販売業者が大勢出てくると、 共通のルールがあったほうが便利になります。得意先ごとに値段がばらばらだったり、代金決済や納品の方法が違っていたりすると、手 間がかかるうえ間違いも多くなるからです。
 それで売買をルール化するようになります。自分達はこういう方と取引しますという基準 をつくったり、納価や売価を決めたり、販売の途中での破損などの責任分担を明らかにしたりします。これが取引制度です。
 取引制度は、販売業者が小売りするだけならば単純なもので済みますが、卸売りと小売りを兼ねる者が出てきたり、大卸する者が現 われたり、たくさん売ってくれた人に特別なお礼をしようなどの考えが出てくると、どんどん複雑になってきます。
 見方を変えます。大勢を相手に取引する際に取引制度はたいへん便利なものですが、取引をルール化することは何を決めることにな るのでしょうか。製造された商品が消費者の手に届き、「おいしい」「楽しい」「便利になった」などの価値を産み出すまでには、つく る人、運ぶ人、売る人など多種多様な人が係わります。物の価値はお金に換算され、商品代金として回収されるのですから、取引制度 は各段階が果たす役割(仕事)をはっきりさせて、その労力や成果を評価している(金額化している)ということになります。
 今、酒類業界でオープン価格制など取引制度の改善が議論されるのは、製造から消費までのメンバーの構成や役割が従来と変わり、 仕事の評価(対価)が定まらず、富がうまく分配されなくなっているからです。これを改善するために取引制度を変更するのです。

特約卸店は販売代理業か?商人か?
 次に今日の酒類流通における取引制度の位置を確認するために、それがどのように形づくられてきたか、歴史をおさらいします。
 製造と販売が分離して流通業が確立したという点で、酒類流通の原型は江戸期の下り酒問屋を中心とした流通にまで遡ります。伊丹 や池田(後に灘)の酒は、酒造家から下り酒問屋に委託販売されました。問屋ごとに異なる銘柄で出荷され、問屋が酒を調合・格付け して、問屋が価格を決めて販売するという、きわめて問屋が有利な取引制度でした。
 次に登場したのが特約店制度です。明治20年頃から大正期にかけて続々と登場する瓶詰め清酒、ビール、ワイン、甲類焼酎、ウイ スキーなど新しい酒類の流通システムとして普及します。中心になった流通業者は、明治屋・国分など醤油・輸入缶詰・薬種を扱う問 屋で、酒類の卸としては新参者です。下り酒問屋は、清酒と競合する他酒の扱いを酒造家が嫌ったことや、酒の調合機能を武器とする 彼らの仕事と内容が大きく異なったために、こうした商品の扱いを躊躇したのです。そして、この流通システムが時代の変化に上手く 適応し、次第に勢力を増し、昭和初期には酒 類流通の基本システムになっていきます。図表1に特約店制度と委託販売制度の内容を一覧にしました。特約店制度は、メーカー 商標の商品を、メーカーが決めた価格で販売する点に大きな特徴があります。委託販売制度に比べてメーカーの権限が大きくなってい ることをおわかりいただけると思います。
 そして、特約店制度には、特約卸店が競合他社と特約することを制限するようなものもありました。ビールは首都圏を除いて長く専 売制となっており、問屋はアサヒ・キリン・サッポロの特約を複数持つことは希でした。
 つまり、ビールに関して酒問屋は、メーカーの代理販売という性格を強く持っていたのです。問屋には、こうした性格と、自らリス クを負って自由に売り買いする商人的な性格があり、TPOに合わせて微妙にバランスを変えます。ビールは基本的に前者の性格が強 かったのです。戦後、1974年(昭和49年)までビールが生産者価格と小売価格の二段階制で、特約卸店はメーカーから販売手数 料を得ていたことにも現われています。
 さて、戦後、酒類の販売統制が解除されると、メーカーは競って各地の有力問屋と特約を結んでいきます。地域ごとに市場が完結し ていた当時、有力な問屋と特約を結ぶことは、当該地域で高いシェアを獲得することを約束しました。問屋のほうでも、消費がどんどん 増えていくなかで、有力メーカーと特約を結ぶことが売上増に直結しました。
 昭和30年代まで、特約店制度が想定していた流通メンバーは特約卸店と小売店です。二次卸店や組織小売業はほとんど想定してい ません。そのため取引制度はたいへんシンプルでした。そのうえ小売段階の価格競争もなく、流通業者の新規参入も制限されていまし たから、昭和40年頃まで特約店制度はきわめて安定していました。

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