時代や文化とリンクしたお酒に関する旬の情報サイト
酒文化研究所ホームページ
会社概要酒文化の会メールマガジンContact UsTOP
イベント情報酒と文化コラム酒文研おすすめのお店酒文化論稿集酒飲みのミカタ特ダネ
海外の酒めぐり日本各地の酒文化見学できる工場・ミュージアム酒のデータボックスアジア酒街道を行くリンク集

 
<論稿集トップへ

30代を迎える団塊Jr世代の酒

シニアにさしかかる団塊世代の酒

日本酒の味の客観的評価

酒マニアな人々への道程

酒米生産の現状と課題

おいしいカクテルをお出しするために

日本の酒税が歩んできた道

シングル化がもたらす飲酒風景

サトウキビから生まれた魅惑のお酒

変わる食卓・消えた晩酌

三井物産の清酒界進出

幕末サムライ使節の洋食・酒体験

日本酒を自家貯蔵する愉しみ

お酒で身体はどう変わるのか

「おつまみ」の日米交流
  意外史(3)あられ


「おつまみ」の日米交流
  意外史(2)枝豆


「おつまみ」の日米交流
  意外史(1)ポテトチップ


古き一升びんをたずねて
酒論稿集
その他
古き一升びんをたずねて
 わたしは近頃ガラスびんの収集家として、時折テレビや雑誌で紹介されるようになった。しかしこれは、考えもしなかったこと である。というのも、今までは誰にも決して理解されない趣味として、半ばあきらめの心境で、集め続けてきたからである。とに かく収集対象としているのは、美術工芸品の美しいびんとはおよそほど遠い、酒びんや牛乳びんやサイダーびんや薬びんといった ごくありきたりの使い捨てのびんなのである。しかしそういうとごみ回収の日に歩きまわれば、幾らでも見られるあの類(たぐい)かと、早 合点してもらっても困る。そうではなくて、今日では作られなくなった、もっと古い時代のびんなのである。
 となれば、ここでびんの変遷史について、多少語らなければならないであろうか。紙面の限りがあるので、ごく簡単に解説して みると、先ず、わが国において商品の容器として、びんが作られるようになったのは、明治一〇年代からといっていいであろう それまでもガラスびんは作られてはいたものの、あくまでとても高価な貴重品としてであった。しかもそれまでビールびんやワイ ンびんなどはすべて、舶来のものを使いまわしていたのである象徴的な出来事としては、明治二二年に殖産興業の一環として 品川硝子会社に於いて、ドイツ人技師の指導のもとに、国産第一号のビールびんが吹かれたことが上げられるであろう。これをわ たしは、日本製びん史における黎明期と考えるのである。当時のびんは「人工吹き」といって、完全に手作りのものであった。そ の後に、半人工機械や自動製びん機械が登場し、大正から昭和にかけてはびん全盛の時代が訪れた。そして戦後の昭和二〇年代に アメリカからISマシンという高性能の製びん機械が導入されびんの本格的な大量生産化ないし規格化が、推し進められたので ある。
 何かたいそうな解説が続いてしまったがわたしが収集対象としているのは今日も作動しているそのISマシンより以前のびんたち ということになるであろう。
 それにしても、昔のびんにはどこか人の心を慰めるものがある数年前に自宅の庭に建てたびんの私設展示場 ボトルシアターには、毎年多くの人が訪れるようになった。そしてみんな一様に、歪んだり気泡が入ったりした、いわゆる昔のお おらかなびんに、いい知れない郷愁を感じているようである。おそらくそれは、あまりにも機械化の進んだ世の中に対する、 ある種の反動といえるのかもしれない。わたしにしても今から二七年前に、初めてとある骨董店の店先で、それも売り物で はなく捨てられたごみの中に、一本のびん(これは後にバリカン油のものと分かる)を見つけた時 も、やはり何かいい知れないノスタルジアを感じたのであったそうした背景には、当時日本が高度成長期にさしかかり、古い建 物が次々に壊されてゆくことに対する無意識の不安があったのかも知れない。かくしてわたしのコレクションは、その一本から始 まって、今日の数万本に至ったのである。いやはや、われながら呆れるほかはない。
 ここで、わたしの一風変わったびんの収集方法について紹介してみよう。勿論、蚤の市や骨董店で買い求めることもあるが、何 よりも基本としているのは、昔のごみ捨て場からびんを掘り起こすということである。ごみの回収制度などなかった古き良き時代 に、地方ではごみをハケと呼ばれる崖っぷちに捨てていた。ことに割れものの陶器やガラスは危ないので、人が足を踏み入れられ ないような竹やぶに捨てたのである。だからわたしはそんな場所をさまざまな方法で調べ出しては、びん発掘に出かけるようにな った。しかし怪しい行動を取るため、何度か警官に尋問されることもあった。
 実をいうと、このびん掘りというのは、わたしがアメリカに生活していたときにヒントを得たものである。アメリカという国は、 ガラスびん収集の非常に盛んなところであり、初めてその地を踏んだとき、真っ先にカルチャーショックを受けたのが、そのこと であった。そしてそこで、「ボトルディギング」というものの存在を知ったのである。これは、アメリカのボトルコレクターの間 で行われている、古い屋敷の敷地内にある、野外トイレ跡からびんを掘り起こすというもので、禁酒法の時代に人々はトイレ に隠れて酒を飲み、用を足す穴の中へびんをほうり投げていたのである。だから掘れば、古いびんは幾らでも出てくると いうわけである。わたしもかつて在住していたワシントン州のボトルクラブのメンバーと共に、このびん掘りを楽しんだ ことがあった。ボトル・プロービング・ロッドという鉄竿を土中に深く差しこみ、その手応えだけでびんのありかを探るの である。だから相当な熟練を要するものの、百発百中なのには驚くほかなかった。この収集方法に大いに感動したわたしは、日本 に帰ってからぜひそれを実践してみたいと考えた。といっても、わが国にはびんをトイレに放るなどという習慣はない。そこで思 案の末に、昔のごみ捨て場であるハケを思いついたのである。そしてそこからさまざまなびんを、掘り起こすことに成功したので あった。

<<前頁へ      次頁へ>>