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「おつまみ」の日米交流 意外史(1)ポテトチップ
 肴(さかな)の語源は「酒・菜」。酒を美味しく飲むために供される食べ物のことです。平安時代の醤(ひしお) や塩辛類から始まって、江戸時代には酢の物、刺身、焼き物など、魚介類を使った酒菜が発達し、や がて魚のこともサナカと呼ぶようになったとか。
 つまみの語源は「つまみもの」。酒を美味しく飲むための簡単な料理または食品―。国語辞書的にはこんな解説になります。
 箸やフォークを使って食べるのが肴、手でつまむのがつまみ、という定義によって、あぶったイカが肴と呼ばれ、燻製のイカが つまみと呼ばれる理由が説明できそうです。
 しかし、手でつまむカナッペも、キャビアなどが上に乗った豪華版は、立派(?)な肴のようでもあります。また、手でつまん で食べるのが本式とも言われるにぎり寿司は、果たしてつまみなのか肴なのか。これもなかなか悩ましい問題。
 そしてまた、「ビールのつまみ」はあっても、「ビールの肴」という言い方はあまり聞きません。だからといって、ビールが飲ま れるようになる以前は、つまみも存在しなかった、ということではないはず。
 オランダ語のbierから生まれた「ビール」の語は、江戸時代中期の文献に登場しています。その現物は、長崎の出島などから日 本に入っていたようです。日本国内での本格的なビール醸造は、一八六九年(明治二)にアメリカ人コープランドが横浜に設立し たスプリング・バーレー・ブリュワリーが最初で、この会社はのちにジャパン・ブリュワリー・カンパニー(キリンビールの前身) に引き継がれています。
 そもそもアメリカ海軍のペリー提督が黒船四隻を率いて江戸湾に姿を現し、徳川幕府に強く開港を迫ったことが、明治維新を生 み、アメリカ人によるビールの本格醸造につながったわけで、ビールというとイギリスやドイツなどを連想しがちですが、ここに もアメリカの強い影響が及んでいることが分かります。
 そして、ビールの代表的なつまみの中にも、アメリカとは切っても切れないものがいくつかあるのです。
 アメリカゆかりの「つまみ」として、最初に取り上げたいのはポテトチップ。
 まさに偶然の一致ですが、ペリーの黒船が日本に初めて来航した年に、ニューヨーク州の東部で、ジャガイモの薄切り唐揚げは 発明されました。
 一般の日本人がニューヨークと聞いたときにイメージするマンハッタン島からは約三〇〇キロほど北、ハドソン川の右岸に、サ ラトガ・スプリングスという町があります。現在は毎夏サラブレッドレースが開催され、富裕な人々が競馬観戦に集まる高級避暑 地として知られていますが、百数十年前に競馬場ができる以前から、鉱泉の湧く風光明媚な保養地として人気を集めてい たようです。
 一八五三年(嘉永六)のある夜、サラトガ・スプリングスの湖畔に建っていた一軒のレストランで、得意客が料理の付け 合わせとして出されたジャガイモの唐揚げにクレームを付けました。「もっと薄く、カリッとできないのか」と。
 料理長のジョージ・クラムは、しばらく思案の後、ジャガイモを紙のように薄く切ってナプキンでくるみ、かち割り氷で 冷やして余分なでんぷんを取り除いてから、十分に熱した油で揚げました。すると、パリッとした食感の極薄ポテトフライに仕上 がったといいます。
 クラムが考案したこのポテトフライは一時期「サラトガチップス」の名で呼ばれ、ヨーロッパにも伝わりました。
 イギリスでポテトチップは、クリスプとも呼ばれ、ビールのつまみとして、またお菓子として親しまれています。アメリカ人の ポテトチップ消費量は一人当たり年間二五〇〇グラム以上で、日 本人の二倍を超えますが、イギリス人はアメリカ人ほどではないにしても、日本人よりもたくさんのポテトチップを食べています。 ポテトチップが今日のように身近な食品になる上での大きな革新は、密閉袋入りが登場したこと。一九二六年にカリフォルニア 州ロサンゼルス近郊のモントレーパーク市で、ローラ・スカッダーという女性が、最初にそれを売り出しました。

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