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 つい先日、ディズニーランドのすぐ近くにあるエジソン・フィールドに行ってきました。ここはアメリカンリーグ、アナハイ ム・エンジェルスの本拠地ですが、同じ南カリフォルニアのボールパーク(野球場)でありがながら、ロサンゼルスのドジャー・ スタジアムとは、いささか雰囲気が異なっています。
 一言でいえば、威厳はないけれど施設も雰囲気も開放的。なにしろドジャー・スタジアムでは、一人が飲めるビールは二杯まで という決まり(どうやって調べるんでしょうか)がありますが、アナハイムで隣りに座った大男は、確実に三杯以上飲んでいまし た。そしてドジャー・スタジアムでは見かけなかったピーナッツの移動販売。ラグビーボールくらいの大きさの袋に詰まった殻つ きのピーナッツです。紙コップならぬプラコップ入りのビールを片手に、殻を器用にむきながら、文字どおりのつまみとして、ポ リポリやっている人が多いのです。殻は、足下に散らかしたままでも、まったく問題なし。
 それで思い出したのが一〇年以上前に訪ねたミシガン州の地方都市での体験でした。そこは一見ビアホール風で、照明は暗く、 素人くさいカントリーバンドが間延びした演奏をしているという地元民のたまり場といったおもむきの店でした。巨大ジョッキに 注がれたビールのつまみは、皮ごと焦げるまで油で揚げた分厚いポテトと、大皿に山盛の殻つきピーナッツです。どちらもうまい んですが、問題は同行の新聞記者たちと囲んだテーブルの上に堆積していくピーナッツの殻。
 そこへビールのお代わりを運んで来たカウボーイならぬカウガールのような格好をした金髪のお姐さん、アゴをしゃくって、 「床に捨てればいいのよ」と教えてくれました。見れば、古い枕木を並べたような床の上にピーナッツの殻だらけ。「うん、こり ゃ楽しいねえ」と、成田を飛び立ってから、ずっと難しい顔をしていたベテラン記者も、殻をまき散らし、カントリーの演奏に合 わせて床を踏みならし始めたのでした。
 さて、だいぶ前フリが長くなりましたが、本題は枝豆です。近ごろアメリカでめざましい枝豆の人気は、殻つきピーナッツへの 愛着がベース(基盤)になっているのではないか。ふとそんな思いを抱いたのです。
 アメリカ全土ではなく、ニューヨークやカリフォルニアを中心とする西海岸、と限定するのがより正確かもしれませんが、 「イーダマメ」などとも呼ばれる枝豆は、日本食レストランの前菜として、イチロー・スズキ並みの快進撃を続けています。
 レストランの側から見ると、手間がかからずすぐ出せる(たいていは解凍品)、利益率がきわめて高い、酒類の売上も伸ばす、 まさに三拍子揃ったリードオフマン的な一品です。
 アメリカのとくに白人客が枝豆を好む理由を筆者は、神秘的な健康食品と信奉されている豆腐の原料と同じ大豆であること、緑 色できれいなこと、自分の指で皮(サヤ)から豆を取り出して食べる楽しさ―この三つだと見ているのですが、三番目の食べる 楽しさは、まさに殻つきピーナッツに通じます。
 殻つきピーナツと大いに違っているのは、アメリカでの枝豆はビールに直結していないこと。アメリカの日本食レストランは、 たいてい日本銘柄のビールも揃えていますが、殻つきピーナッツをメニューに加えている店は見たことがありませんし、枝豆はほ とんどの場合、ビールではなく日本酒、それも「ホットサキー」などと呼ばれる熱燗のつまみとして食べられています。小皿に 盛られたものが三ドルから四ドル以上もするのですから、つまみではなく、立派な肴と呼ぶべきかもしれません。
 枝豆が日本食レストランで前菜(アペタイザー)のレギュラーポジションを勝ち取ったのは、日本人大リーガ ーの活躍が始まる以前のことですが、すき焼き、天ぷら、そして寿司の登場よりもずっとあとで、一九九〇年代に入ってからでは ないかと推定しています
 枝豆の前に、アメリカ人は豆腐を受け入れていました。味や食感よりも、その栄養バランスに後押しされた「トーフ・ブーム」 です。今や豆腐はヘルシーフードの「トーフ」であり、「ビーン・カード(beancurd)=豆乳固形状食品」はマイナーな呼び方 になっていて、チーズの代用でサラダに加えられたり、アイスクリームの素材になったり、スープに姿を変えたり、日本では考え られないような利用法が広まっています。一九九九年一〇月に、アメリカ食品医薬品局(FDA)が「心臓病の軽減に大豆たんぱ くが有効」という表示を認めたことが、豆腐や枝豆の人気をいっそう高めたのは間違いありません。アメリカは今や世界の大豆生産の半分近くをまかなう大豆超大 国。大豆自給率がわずか三%程度で、ほとんどを外国産に頼っている日本は、輸入大豆の八〇%近くをアメリカに負っています。
 アメリカの枝豆も豆腐も、その呼び名が示すように、日本から伝わったものですが、そのおおもとの大豆をアメリカが知ったの も、日本を通じてでした。アメリカの大豆発見と日本発見はほぼ同時です。
 一八五四年、前年に続いて江戸湾にやって来たペリー提督率いるの黒船艦隊は、日本に強く開国を迫り、これに成功します。黒 船には、アメリカの文明力を示威するため、模型の蒸気機関車や蓄電池つき通信機などが積まれていましたが、帰りには日本の諸 物産を土産として黒船に積んでいき、その中に大豆があったのです。アメリカはポテトチップを発明した(前号の本稿をご参照く ださい)翌年に、大豆を知りました。
 原生種の大豆(ツルマメ)は、朝鮮半島や日本列島を含む東北アジアの各地に広く自生していましたが、栽培種としての大豆は 中国北部が原産で、弥生時代の初期には日本に伝わっていたようです。ヨーロッパには、一七世紀末に日本に滞在したオランダの 博物学者ケンペルが大豆を紹介しました。一七一二年のことですが、しかし栽培には至りませんでした。

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