時代や文化とリンクしたお酒に関する旬の情報サイト
酒文化研究所ホームページ
会社概要酒文化の会メールマガジンContact UsTOP
イベント情報酒と文化コラム酒文研おすすめのお店酒文化論稿集酒飲みのミカタ特ダネ
海外の酒めぐり日本各地の酒文化見学できる工場・ミュージアム酒のデータボックスアジア酒街道を行くリンク集

 
<論稿集トップへ

30代を迎える団塊Jr世代の酒

シニアにさしかかる団塊世代の酒

日本酒の味の客観的評価

酒マニアな人々への道程

酒米生産の現状と課題

おいしいカクテルをお出しするために

日本の酒税が歩んできた道

シングル化がもたらす飲酒風景

サトウキビから生まれた魅惑のお酒

変わる食卓・消えた晩酌

三井物産の清酒界進出

幕末サムライ使節の洋食・酒体験

日本酒を自家貯蔵する愉しみ

お酒で身体はどう変わるのか

「おつまみ」の日米交流
  意外史(3)あられ


「おつまみ」の日米交流
  意外史(2)枝豆


「おつまみ」の日米交流
  意外史(1)ポテトチップ


古き一升びんをたずねて
酒論稿集
その他
日本の酒税が歩んできた道
転換期にある日本の酒税制度
 最近、酒税制度のあり方がしばしば話題にのぼります。発泡酒や第3のビールの税率、日本酒やビールなど各酒類の定義づけ、酒類小売免許の緩和などです。視角はさまざまですが、いずれも制度が時代に即さないものになっているという指摘は共通しています。技術革新、所得水準の上昇、自由貿易の拡大などの社会変化によって、制度が酒類関連企業の活力をそいでしまったり、現行法では対応が難しい社会的規制などの問題がクローズアップされてきたりしているというのです。
 こうした問題を解決するために平成17年度与党税制改正大綱は、平成18年度改正までに酒税制度の全般的な見直しをおこなうことを打ち出しました。すでにさまざまな意見が出されていますが、議論を深める基礎知識として、わが国の酒税がどのような歩みを経て今日の制度にたどり着いたのか、またそれは諸外国と比べてどのような特徴を持っているのかを、おさらいしておきたいと思います。
 最初に日本で酒税が発生した時代を確認しましょう。図表1は江戸期までの税の大きな流れを整理したものです。
 集落ができると道路や水路など共用するインフラが必要になります。これらを皆で協力して調えることは自然に発生するでしょう。おそらく税の発生はこうした労役提供で、次第にリーダーがそれを統制するようになり、集団の規模が大きくなるとともにルール化していったのでしょう。そして、労役提供のほかに、田畑に課税して収穫された作物で納税させたり、布.鉱物.海産物などさまざまな物品が納税されたりするようになります。
 いつの時代も、何に、どれだけ課税し、どうやって効率的に徴収するかは、大きな課題です。課税の対象は、富の源泉と考えられる土地や人、あるいは産み出された富(所得や資産)、また塩や鉄や米などの生活必需品、酒やタバコなどの嗜好品など時代に合わせて変化し、多岐にわたっています。課税方法は、時代が新しくなるにつれ、客観的な指標に基づくように改められてきました。そして、受益者が等しく負担すること、経済力のある人が応分に負担することなど、公平性の確保が模索されてきました。

室町幕府を支えた酒税
 日本での酒税は、13世紀初頭に酒麹売業者に課税したことが最初と言われています。平城京や平安京には造酒司がおかれ、朝廷は自身で酒を製造したものの課税の発想はありませんでした。鎌倉時代には、武家政権は酒を飲んで堕落することを嫌い「沽酒の禁(酒の販売禁止策)」を出します。課税することは公式に酒を認めることになりますから、課税は考えませんでした。一方で平安後期頃には公家には、荘園からの年貢以外の収入源として酒への課税が頭にあったようです。そして鎌倉幕府の意向をたてながらなんとか徴税しようと、酒麹売業者に目をつけたというわけです。その後、臨時的だった酒屋への課税は、恒常的なものへと変わっていきます。
 室町時代になると幕府は、酒屋を最重要財源と位置づけます。当時、最大の産業であった酒造業は、手工業者などよりも格段に規模が大きく、莫大な収益をあげていました。幕府は酒屋役をおき、酒屋を統制することに力を注ぎます。なお、課税は酒壷の数が基準とされました。
 江戸期には酒株が制定され、特権的に酒造業を認める代わりに、運上金や冥加金と言われる営業税.献金が徴収されるようになります。ただし、当時は幕府が米価調整のために酒造業を活用しため、たびたび減醸令が出され、酒屋は思うように商売ができないこともたびたびありました。
 このように日本では中世に酒税が発生し、財源として積極的に扱われるようになりました。今谷明氏は、これを世界的に見てかなり早い時代とします。中国では前近代の国家では酒は重要な財源ではなかったといい、ヨーロッパでも国家が酒への課税に魅力を感じ出すのは15世紀以降の絶対主義時代のことだといいます(「酒と権力」『酒文化研究1〜5』収録)。

<<前頁へ      次頁へ>>