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  ひげ徳利


日本酒のうつわ No.1
 
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酒論稿集
酒器論稿
日本酒のうつわ No.1
 ついこの間飲んだ酒が、今夜は、オヤッと思う程違った味に感じる事はよくある。日本酒ほど、飲む雰囲気や気分でその味わいの変 わる酒はないと思っている。その日の気候によってさえ、その味わいは変化する。  日本酒は、それ程微妙で多様な味を内包しているので、どこの酒でも、その時その場でぴったりくれば真にうまく呑めるものだ。
 なかでも、盃との取り合わせは茶道における茶碗に匹敵する程に、その味わいを左右する。うまく呑むもまずく呑むも盃次第、酒盃 は酒道第一の道具と心得るべきだろう。
 なにで飲んでも同じだよと、コップ酒をグイグイあおる酒徒を見かけるが、私からいわせれば、これは本当の酒呑みとはいえない。
 日本酒の味わいの半分は杜氏の力としても、あとの半分は飲み手の力量にかかっているといってもいい。そうであれば、杜氏が精魂こ めて育んだ、清冽で豊淳かつ剛毅なるその味わいがわかるかどうか、ここは、日本の酒文化と真向真剣勝負といこうではないか。
 今回とりあげた塩笥(しおげ)盃は、もともとは、朝鮮・李朝で塩を入れるのに使った口の広い壺のこと。昔から、茶の湯の茶碗に呼称せられ てきたものだが、今では、酒器にもこの名が使われるようになった。
 塩笥は胴が膨らみ、口縁部にいたってやや内反し、先端がやや外に開く。茶碗でもそうだが、これが、程良い形となると仲々ないも ので、口のすぼまりが強いと壺でしかなく弱いと塩笥にはならない。日本酒と同じでほんの微妙な差がこの盃の持ち味を分ける。 塩笥盃は、掌で包み込むように飲む。まるで、掌中の酒を飲むかのごとくにである。懐が深いので思ったより酒が入る。もう空か な? と思いつつも、盃を傾けるとまだかなり残っていて、酒好きとしてはこの感じは悪くない。口がすぼまっている為、最後の一口 はかなり仰向いて飲むことになるのだが、この、呑み干した感じというこれが、又、いい。まさに、酒呑みの醍醐味とはこういう事なの だと教えてくれる。
 火鉢に炭を熾す季節になると、待ちかねた様に塩笥を取り出す。大晦日に主役を演じ、春の気配が感じられる頃にその役目を了える。 酒は、いつも飲む一時間程前に外気に当てておく、これが、小原流うまい冷酒の飲み方である。塩笥は見込みが広く量が入るので、 風情がない様だがビンから直接注ぐ。並々とよりも、七・八分目というのがいい。
 さて、はなっから一気には飲らない。初めの一口二口は口中に含み、持てる味覚を総動員して酒の全てを感じとる。きき酒の時やると いう、あの鼻から息をフッと出して香りを楽しむのもいい。そして、薄明かりの中で炭の火色を感じつつ、一杯々に日本酒のコクを味 わう。やがて、虚空に目を漂わせ、ゆるやかに酔いがまわってくるのを感じつつ、何を考えるでもなく酒だけを楽しむ。
 しんしんと冷える夜ひとり飲む酒は、小皿にしおからを少々に、柚子の一片を添え、あとは塩笥盃があればいう事はない。
 昼間の慌ただしい時間など忘れたかの様に、我が酒の刻はいつしか流れ行きて、やがて、至玉の、最後の一口を迎えるのである。

月刊酒文化 2004年 3月

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