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銀の酒器

イギリス近世の酒器

古代ギリシアの酒器

ラインの石器と
  ひげ徳利


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酒論稿集
酒器論稿
イギリス近世の酒器
1 ジョッキーは競馬の騎手か詐欺師の意
 前号ではヨーロッパの酒器の中でユニークな開花をみたドイツのライン石器のマグ、とくにマグの頸部に有鬚男の顔を浮彫りにした「ひげ徳利」を中心にライン石器のマグの誕生と開花について述べた。今回はヨーロッパの陶磁器の中でも多把手のティグやドイツのひげ徳利に対してイギリス独特の人物を形どった「トビー・ジャグ」などこの国で生れたビール用の器について述べようと思う。
 イギリスでは近世以降エール酒やビールを容れて飲む器をジャグあるいはマグと呼んでいる。一方、日本では戦前戦後を通してこれを飲む大きな把手のついた器を「ジョッキ」と呼んでいる。ところがジョッキなる語は英語(jockey)では「競馬の騎手、駐車係、詐欺師」の意で、ビールを飲む容器の意味はまったく見当らない。ドイツ語(jockei)、フランス語も同様に競馬の騎手とある。ちなみに日本語の辞書によれば「ジャグのなまり、把手のついたビール用の大型のコップ」とある。このビール用のカップがいつ頃日本でジョッキと呼ばれるようになったのか。古い外来語の語源辞典によれば、江戸時代末期、文久二年(1862年)に出版された堀達之助編の「英和・和英対訳袖珍辞典」には「ジョッキ」なる語があり、その訳語として「徳利、壺」と記されている。また福沢諭吉著「西洋衣食住」(1867年)には「水飜(ジョク)」、島田豊纂訳「附音挿図・和訳英字彙」(1888年)にもジョキが「大酒盞」と訳されている。このように日本語のジョッキは幕末からすでに誤った外来語として日本に定着して来たのである。
 本来、ジャグは水やビール、ミルク、油などの液体を容れたり注いだりする器を意味し、その器形は普通「胴部が膨らみ、上に向うにつれて細くなり、垂直の把手が一方につく」とあり、「マグ」については「それで酒やビールやエール酒を飲む器であり、その形は垂直の胴部に大きな把手がついており、口縁部は真っ直ぐである。形は樽型や鈴を逆さにしたようなものなどいろいろなバリエーションがある」(オックスフォード英語大辞典)と記されている。
 日本でもこの20年余、ある大手ビール会社がビールを飲む大・小の筒形の杯をマグと呼び、私もそのマグ・コレクション製作の顧問としてお手伝いをしてきた。しかし、一旦定着した言葉を変えることは容易ではない。それは本家イギリスでも同様である。イギリスでエール酒やビールを飲む器をマグと呼ぶようになったのはようやく一五世紀に入ってからで、同時代の記録には筒形の杯は「ビアル・ポット」と呼ばれていた。ビアルは大麦の意で、筒形の杯が製作されるようになるのは一七世紀以降、はじめはmoggと綴られていた。ところでイギリスでは古くからビールを「エール」(ale)と呼んで民衆のあいだに普及していた。12世紀には各地に都市が興り、醸造業者の蔵が建ち、その隣には「エール・ハウス」という居酒屋があったらしい。やがて15世紀に入って商工業の発達と相俟ってホップ入りのビールが大陸、とくにドイツあたりからイギリスに輸入され、イギリスでは以前からのホップの入らないビールを「エール」、ホップの入ったものを「ビール」と呼んで区別していた。しかし、従来の強いエール酒に比べてラガービールに近いまろやかなホップ入りのビールは次第に民衆の人気を博し、その世紀の中頃にはケント州でホップが盛んに栽培されるようになったとのことである。その後二世紀を経てイギリスではワットの蒸気機関の発明にはじまる産業革命が興り、麦芽粉砕機、揚水機に蒸気機関を採用、またその後には麦汁攪拌機が発明されるなどイギリスのビール産業は他の分野の諸工業から機械化を進め、未だ手工業にあった大陸のビール醸造業者に大きな影響を与えたのである。

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