時代や文化とリンクしたお酒に関する旬の情報サイト
酒文化研究所ホームページ
会社概要酒文化の会メールマガジンContact UsTOP
イベント情報酒と文化コラム酒文研おすすめのお店酒文化論稿集酒飲みのミカタ特ダネ
海外の酒めぐり日本各地の酒文化見学できる工場・ミュージアム酒のデータボックスアジア酒街道を行くリンク集

 
<論稿集トップへ

銀の酒器

イギリス近世の酒器

古代ギリシアの酒器

ラインの石器と
  ひげ徳利


日本酒のうつわ No.1
 
日本酒のうつわ No.2
 
日本酒のうつわ No.3
 
日本酒のうつわ No.4

日本酒のうつわ No.5

日本酒のうつわ No.6

日本酒のうつわ No.7
 
酒論稿集
酒器論稿
日本酒のうつわ No.7
 私が始めて買った古陶は、夜店で売っていた古伊万里の小皿で、幕末頃の蕪の絵皿であった。四〇年も前の事で、たしか五〇〇円だったがそれでも高いと思ったものである。
 古伊万里は江戸時代初めから焼かれ、最も数多く残っていて、今でも、全国どこの骨董屋でも見られるやきもので、値も手頃なため骨董入門のきっかけは古伊万里からという人は多いようだ。
 伊万里焼は今も続いているが、古伊万里というと江戸期のものをさして、大雑把には初期、前期、中期それに後期と分けられる。が、時代によってカタチや図柄、それに作行に特徴があるので、近ごろでは、初期のなかでも最初期のもの、中期は盛期に、それに、後期は幕末ものとに細分化されるようになった。
 藍色で絵付けされた古伊万里を染付(中国明末のは古染付)というが、鉱物から採集した呉須を使い、また、生がけといって乾燥しただけの粘土に直接うわ釉をかけて焼成するため釉むらが生じ、その無作為の濃淡に巧まざる味合いがあって、特に、女性に好まれる。が、中期以降は、素焼きした後で施釉するので、均一には焼けるが面白味に欠ける。降って、後期も幕末に入って、化学染料のコバルトが使われる頃のそば猪口は、色濃く鮮やかにはなるが、図柄も過多になり藍もどぎつくなるので酒器としてはしっくりとこない。
 古伊万里の盃というと、その殆どがそば猪口の流用で、たまに、初期伊万里の秋草手か鎬手盃をみるが、いまや高値?の花である。
 そこで、小振りのそば猪口を選んで盃に見立てるのだが、愛用のそば猪口は、江戸前期のもので口径八、九センチ。これが、掌にあまるようでは酒器としては使えないのだが、これ位の寸法なら、酒盃としてはまあ我慢できる範囲で、前期特有の、底が厚手で手取りも重いところが掌になじんで気分がいい。
 早めにひとっ風呂浴び、麻の着物に着替えて帯をキリリと締めると、これで、夏の酒席の準備は完了である。ぬれ縁に胡座の小原流酒手前で、冷酒を盃いっぱいに注ぐのだが、夏の酒は、やや冷え足りない位がいいのであって、冷やし過ぎては、口中にひろがるあの日本酒特有の味や香りが楽しめない。
 そして、時間はまだたっぷりあるのだから、何にとはなく盃を挙げつつ一口一口ゆっくりと楽しむ。
 写真では分からないだろうが、心持ち楕円に歪んだ酒器を、片ひじついた掌にグイッと握りつつ盃を傾けると、湯上がりの身体に涼々としみわたる。
 打ち水した如くにきりりと冴えた朝顔の図柄に、爽やかな夏の気配を感じつつ、夏の酒の醍醐味ここにありとばかりに満喫する。
 とにもかくにも、夏の酒は盃次第で、うまい酒を飲むのではなく、酒をうまく飲むために、盃にこだわり続けるのである。
 そば猪口は、まだまだ面白い図柄が残っているので、そのつもりで探せばどこかでお気に入りが待っているはずで、夏用の盃としてピッタリくるのが見つかれば、もう、しめたものである。

月刊酒文化 2005年 9月

<<前頁へ      次頁へ>>