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焼酎を訪ねて九州山間地を行く
  九州中央部の山間地にある人吉や高千穂は、鹿児島や宮崎県南部とならんで古くから焼酎がよく飲まれてきた。交通の便が悪く外部地域との交流も限られていたため、独特の文化が育まれたところでもある。今回は、人吉の球磨焼酎と高千穂のそば焼酎を訪ね、その魅力をお伝えする。

九州の焼酎どころ
map 九州はどこも本格焼酎をよく飲む地域と考えがちだが、福岡、佐賀、長崎、大分は清酒中心。熊本も人吉一帯をのぞいては赤酒(灰汁もち酒)から清酒に馴染んだ地域であり、宮崎も延岡など宮崎市より北は清酒である。焼酎を主として飲んできた地域は旧薩摩藩の宮崎県南部と鹿児島県、そして九州の中央を走る九州山地の人吉や高千穂など辺境に限られていた。
 鹿児島や宮崎南部で芋焼酎が盛んにつくられるようになったのは、土地が米作に不向きなシラス台地であるうえに、薩摩藩が八公二民という過酷な年貢を徴収したため米を原料にする余裕がなかったからだとか、冬場も温暖で清酒づくりが技術的に難しかったからだといわれる。
 高千穂は山間地で米がたいへん貴重だったため、代替品としてトウモロコシや粟などの雑穀で焼酎をつくるようになったとされる。けれども内陸性の気候で冬場の冷え込みが厳しい高千穂では、雑穀を用いるにしても蒸溜酒である必然性はない。いつごろから、どのような経緯で焼酎づくりが盛んになったのか、興味深いところである。
 そして人吉盆地の球磨焼酎。球磨川水系の水を使い、この盆地一帯で製造された焼酎は、世界的に産地の呼称が認められている。成り立ちは高千穂の雑穀焼酎以上に不思議な点が多い。冬は気温が低く米も水も豊富、清酒をつくれない自然条件ではない。実際、明治初期の資料には人吉では焼酎よりも清酒のほうが多く製造されていたという記録もある。それが、大正期には圧倒的に焼酎となり、酒といえば米焼酎を指すほどになった。
 その地域がどんな酒をつくり、どのような飲み方をするようになるかは、気候、地勢、酒の原料となる農作物の入手しやすさなどの影響を受ける。時として、それ以上に政治や経済や技術伝播や技術革新が影響する。日本の酒税制度の歪みは麦芽を使わないビール様の酒をつくり出した。中国やヴェトナムなど新興国で経済成長とともにビール消費が急増している。韓国で連続蒸溜式の焼酒が圧倒的に多く飲まれている背景には、朝鮮戦争後の食料政策があり、連続蒸溜機の開発はブレンデッドウイスキーや甲類焼酎を生んだ。
 九州山間地の焼酎文化の誕生から浸透の経緯を探ることは、非常に興味深いことなのだが、今手元には十分な材料がない。これは後日の課題として、現在の製造者がどのような姿勢で焼酎をつくり、その地ではどのような愛され方をしているのかをお伝えしていきたい。

本格焼酎の母は米麹
photo 取材初日は人吉。昼前に鹿児島空港に着き、高速道路を1時間ほど走るとやがて人吉である。冷え込みが厳しいと聞いていたが、この日は穏やかでちょっと拍子抜け。約束の午後1時少し前に、町の中心部にある福田酒造商店に到着する。
 同社は昭和10年の創業で昨年70周年を迎えた。財団法人酒類総合研究所が主催する本格焼酎鑑評会では入賞の常連で、製造技術レベルの高さには定評がある。主力商品は「山河」「はなてばこ」「樽御輿」のほかサントリーが販売する「はな」など。球磨地方には麦や芋の焼酎をつくる蔵元もあるが、同社が製造しているのは米焼酎だけ。製造責任者の福田實さんに工場をご案内いただいた。
 工場での見聞をお話する前に、本格焼酎の製造工程をおさらいしておこう。米焼酎に限らず、芋焼酎や麦焼酎なども、「蒸し」「麹づくり」「一次仕込み(発酵1)」「二次仕込み(発酵2)」「蒸溜」「貯蔵」「瓶詰め」という工程を踏む。最初に米を蒸してそれに麹菌を生やして米麹をつくる。次は米麹に水と酵母を加えて一次醪をたてる。これで大量の酵母を培養し、発酵のスターターとする。二次仕込みでは、一次醪に焼酎の主原料となる穀類や芋、そして水を加えて発酵させるのだが、芋焼酎や麦焼酎は、かつてはほとんどが米麹の一次醪に、芋や麦を投入して発酵させたものであった(現在は麹から麦や芋でつくるものも珍しくない)。そしてできあがった二次醪は蒸溜され、タンクや甕で貯蔵熟成にはいる。
 米麹だけで一次醪をつくり、後から主原料を加えていく手法は、焼酎を安全かつ安定的につくるための試行錯誤のなかから大正期から戦前にかけて確立された。糖分が多く腐りやすかった芋焼酎で開発が進み、戦後、球磨焼酎などにも採用されるところとなったと聞く。

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