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南国土佐に「酒の国」あり
酒がなみなみと注がれた大盃を一気に飲み干すどろめ祭。隠し持った箸の数を当てあい、負けたら盃を空ける箸拳(はしけん)。祭りのあいだは見ず知らずのお客にも酔いつぶれるまで酒を振る舞う一条大祭。どれも高知の酒文化である。
このお酒大好きの地に誕生した「酒の国」をレポートする。


お酒屋さんが始めた「酒の国」
写真「高知に『酒の国』ができたがやきぃ、一度おいでよ」とお電話をいただいた。高知市内で酒類専門店を営む鬼田吉明さんからだ。昨年8月に友人がユースホステル(以下ユースと略)をオープンして、名前を「酒の国共和国」としたのだと言う。
「ユースで酒?」、ユースは酒を出さないお堅い宿屋のはず。どうにもイメージが湧かない。でも、お愛想を言わない鬼田さんがお奨めするのだから、無駄足にはならないだろう。とにかく行ってみることにした。
酒の国は高知市の中心部からバスで15分ほどのところにあった。落ち着いたたたずまいのペンションを思わせる外観。「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」。玄関を入るとご主人の近藤富夫さんご夫妻がにこやかに迎えてくれた。
夕食をご一緒しながら近藤さんに酒の国を始めた経緯をうかがう。
「ユースの国際性に惹かれたのかな。国際的な組織ですから、いろいろな国の人がやってきます。お隣の愛媛県の松山に日本でもトップクラスの人気ユースがありまして、時々お世話になっていました。そこには国内外から大勢の人が年中行き来しています。宿泊だけでなく、さまざまな活動の場にもなっています。
ここを始めるまで酒販店を経営していました。父が高知で一番早くコンビニエンスストアに転換して、私も12年間やりました。それが道路の拡張計画に引っかかり、そのまま小売店を続けるのは難しくなってしまった。
その時に、以前から松山のユースみたいなことができたらいいなあと思っていたのが、現実味を帯びてきました。高知は観光県で、8月のよさこい祭を筆頭に春から秋まである程度の観光客があります。会員組織があるユースなら、最低限の利用者も見込めます」

酒がテーマのユースホステル
しかし、お堅いはずのユースで酒の国とは。いくら高知県が一人あたりの酒類消費量が実質的に日本一でも、よくそんなことを思いつき、また成立したものだ。
「酒販店を継ぐ前は、日本酒メーカーの大関さんで酒造技術者として14年ほどお世話になりました。本社での酒づくりだけでなく、関連会社の新潟の小さな蔵元をサポートに行ったり、鹿児島の焼酎蔵をお手伝いしたりしました。アメリカ大関にも四年間行きまして、外国の方と一緒に酒を造った。ほかではできない、いい経験をさせてもらったと本当に感謝しています。
実はユースと日本酒はよく似た状況にあります。1970年代がピークで600ほどあったユースはどんどん減って今は半分です。残っているのは危機意識が強い民間のところ。それぞれ特徴を出していこうと、魅力づくりに力を注いでいます。
普通のホテルと違ってユースにはお客さんと対話があって、成功しているところはみな宿泊だけではないんですね。僕がやるなら酒をテーマにしたかったですし、長年、日本酒の友の会を主宰してきてこんな場が欲しかった。それを自分でやってみようと思いました」
酒の国では、梁や柱に高知県産の自然木をそのまま使っている。規格化のための製材はしないで、もとの姿を生かしている。ベッドや椅子などの家具もそう。「どんなベッドにしますか?」と職人が聞くので、「ここにある木材でできるもの。設計図もないからお任せします」と返したそうだ。すると職人はおもしろがっていろいろな工夫をした。「こんな仕事二度とないかもしれない」ととても楽しそうだったという。

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