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ローカルに立ち戻るクラフトビール

2026/04/22(水)
【嶌田洋一(株式会社ベアレン醸造所)】
日本に地ビールが誕生して30 年余り。近年はクラフトビールとも呼ばれますが、地方都市で地元に市場を創ったブルワリーはわずかです。ベアレンビール(盛岡市)はその代表格であり、岩手で愛されるクラフトビールとして異彩を放っています。2019 年に第二工場を建設して、全国の量販店に販路を拡げた同社は次にどんなステージを思い描いているのでしょうか。創業メンバーで社長の嶌田洋一さんにお聞きしました。
進化する地域密着ポリシー

 ベアレン醸造所の創業は2003 年です。当時、地ビールブームは一服し、続々と誕生したブルワリーは淘汰の波にさらされていました。さらに馴染みのない味わいから「地ビールはおいしくない」という声が広がり、「地ビール」と言うと試飲すらしてもらえないことも少なくなかったと言います。
 難しい時期でしたが嶌田さんらは、行き詰ったブルワリーを反面教師として地元に市場をつくる活動に地道に取り組みます。起業してからの奮闘記をブログで発信し、第二木曜日に開催していたビールファンの集いを「ニモクの会」として定例化し「ベアレン」の応援団づくりを進めます。一方で百貨店の贈答品売場では推奨トークに磨きをかけ、消費動向に目を光らせて父の日のギフトやバレンタインデー向けのチョコレートビール需要をいち早く発掘して業績を伸ばします。
 そして盛岡駅から徒歩圏の材木町に直営ビアレストランを開店します。材木町では春から秋まで毎週土曜日に「よ市」という市が開かれ大勢の人でにぎわいますが、ベアレンビールはこの催しを通じて地元に浸透し、マニアではない方がクラフトビールを楽しむ場となっています。現在では盛岡市内に5 つの直営料飲店を構え、ビール製造会社の正社員は37 人(料飲事業は別会社)、本社工場で開催するオクトーバーフェストには3 日間で1200 人を超えるファンが集まります。その経緯は嶌田さんの著書『つなぐビール』(2015 年・ポプラ社刊)に詳しく書かれています。
<左>醸造所を併設したベアレン菜園マイクロブルワリー。盛岡市の飲食店街にある
<右>この通りが「よ市」の舞台。冬季は土曜日だけ営業する。ビアパブ・ベアレン材木町店は右手前


―― ご著書を拝読し、地元にクラフトビールの市場を創ったことはすばらしいと思いました。今日は出版された後の10 年間にどんな道を歩み、これからどこを目指すのかをお聞きします。最近はどんなことに熱を入れていらっしゃいますか?


嶌田 地域密着のクラフトビールという姿勢は変わりませんが、昨年、私が発起人になって岩手クラフトビールアソシエーションを起ち上げました。県内に14 あるブルワリーがすべて参加しています。活動は勉強会(情報交換会)が主です。ブルワリーの数は増えていてこの5 年間で2 倍になり、この春に15 社目がオープンします。ブルワリーは増えていますが、クラフトビール市場の伸びはそれほどでもないので、厳しさは増していると思います。そんな中で起業する方はビールを造りたいという気持ちが前に出て、売り方をあまり考えていないこともよくあります。それで販売の仕方や機会を共有できる勉強会は喜ばれます。
嶌田洋一さんは東京生まれ。脱サラして創業メンバーに加わり岩手に移り住んだ


―― 一人でできる規模だと東京のビアフェスに出たり、専門ビアパブとタイアップしたりすれば捌けるのでしょうね。

嶌田 捌けるでしょうけれど、ビールを造って回しているだけです。たくさんブースが並ぶビアフェスに出れば最初は物珍しさで飲んでもらえますが、次々に新しいところが出てきますから、奇をてらったビールを造って関心を惹こうという誘惑にかられます。本来、クラフトビールは変わった味を楽しむものではなく、地域に根差したストーリーを感じるものだと思っています。だから「ベアレン」はスタンダードなビールばかり造り続けている。うちもイベントは多いですが、そこで売上は求めません。お客様とコミュニケーションを深めたり、地域の活性化を図ったり、会社のミッションに合うものだけやっています。

―― ベアレンさんはあまりビアフェスに出ないイメージがありますが?

嶌田 ずっと独自路線で東京のビアフェスには出ませんでした。コンテストにも出品しなかったので、付き合いが悪いと思われたかもしれません。岩手クラフトビールアソシエーションは、地域密着ながら少しスタンスを変えて横のつながりで市場を広げていく時期だと思って声を掛け、昨年10 月には初めて盛岡で岩手のブルワリーが全部集まるビアフェスをやりました。

―― 地元でのビールイベントということでは、御社は東日本大震災の後に県内すべての市町村で開催されました。

嶌田 震災の時には不要不急のビールを造っていていいのかという思いもありましたが、生活必需品が整ってくると人はそれだけではダメなのですね。おいしいビールを飲みたいという声があることを知って、すべての市町村でビアイベントをやろうと伝手をたどって進めました。岩手は北海道に次いで広いので、遠くて大変なところもありましたが、おかげでどの町ともパイプができて、財産になっています。
本社に隣接した第一工場の煮沸窯

第2 工場の建設と量販店への配荷

―― 少し前から東京でも量販店(スーパーマーケット)の棚にベアレンビールが並ぶようになりました。あれは雫石の第二工場を造ってからですか?

嶌田 はい。本社工場に拡張余地がなかったところにいいお話をいただきました。先々を考えると缶ビールの製造ラインを持っておきたかったので決断しました。稼働率を上げるために大手の酒問屋と特約して量販店を販路に加えました。営業担当は量販店の棚に入れてもらおうと、毎日パソコンに向かって企画書を作っています(笑)。

―― 量販店に並ぶクラフトビールは御社のほか「よなよなビール」「エチゴビール」「コエドビール」「伊勢角麦酒」「ネストビール」……。

嶌田 缶ビールの製造ラインがあって一定量を配荷でき、企画書を出せるところですね。まだ「ベアレン」はクラフトビールコーナーに無くてはならないブランドではありません。「よなよなビール」さんは必ず入りますが、他は量販店が売場の目先を変えるために順繰りに回している。うちはそのひとつに入っているだけで定番ではありません。

―― 量販店に出すようになって県外の割合はどのくらいになりましたか?

嶌田 以前は通販を除くと3 分の2 が盛岡で、県外には1 割も出ていなかったと思います。今は半分が県外です。2019 年に第二工場が稼働しましたが、すぐにコロナで需要が家飲みにシフトしました。それで量販店でクラフトビールが動き始めます。この時に缶ビールを出せたのは大きかったです。

―― 県外比率が高くなると地域密着のクラフトビールらしさが薄れるように思います。そこはどうお考えですか?

嶌田 背後にストーリーを感じて味わっていただけるかどうかが重要だと思っています。ビールの楽しさは味と香りだけではありません。ビールは知れば知るほど造られた場所で飲んでみたくなるものです。缶ビールで「ベアレン」を知った人が、少しこだわった限定のビールを飲んで関心を深めて、最後は岩手に来て「よ市」や工場のイベントで飲んで納得する。「ベアレン」らしさで飲んでいただけるようにしたいです。
<左>ベアレン醸造所の看板商品「ベアレンクラシック」。ほどよい飲みごたえで飲み続けられる
<右>「世界に伝えたい日本のクラフトビール2015」ではベアードビールと並び1 位に輝いた

成熟市場と賃上げ圧力

―― 新工場を建設してからは拡大路線と言えそうです。今後もこの路線を進みますか?

嶌田 考えどころです。本社工場が稼働してから22 年間ずっと増収で来て、来年は売上高が10 億円に届きそうです。次のステージを目指す時期ですが、メーカーの成長には設備投資が欠かせません。しかし資材や原料の値上がりが続いていて、クラフトビール市場が激減することはないと思いますが、先行きは不透明です。大手ビールメーカーも厳しいですし、大手が出すクラフトビール風のものの影響を受けている印象があります。本当のクラフトビールの良さにスポットライトを当てて伸ばしたいですけれど、ずっと右肩上がりは難しいでしょう。しばらくは現状を維持して市場の変化と時代の流れを見る時だと思います。

―― コストアップ要因としては人件費の上昇も大きいのではありませんか?

嶌田 おっしゃるとおりで社員のアンケートでも待遇面、給与と休日の改善希望があります。給与水準は県内の製造業の平均くらいですが、金融機関などに比べると低い。2017 年ごろから働き方改革に取り組んで労働時間を減らし、有給の取得率も高めてきました。年間休日は100 日でしたが、今年から105 日にします。

―― 賃上げには原資が要ります。販売量を増やすか商品単価を上げて粗利益を増やさなければなりません。高単価商品の開発が必要かもしれません。

嶌田 地域密着でやってきましたから既存商品は簡単には値上げできません。ですがおっしゃるとおり高付加価値商品は課題ですね。

―― 社員はほとんど岩手の方ですか?

嶌田 はい。岩手出身か大学で岩手に来てそのまま残るなど、なにがしか岩手に縁があった者です。

―― 首都圏に営業拠点をお持ちですか?

嶌田 いいえ、商談は出張ベースです。コロナでリモート商談ができるようになって助かっています。後は展示会ですね。

―― 入社後はどのようにキャリアを重ねるのでしょうか?

嶌田 新入社員には指導係がついて仕事を覚えていきます。昔はやりがいを感じてもらえるだろうと思って、すぐに仕事を任せたのですが、そうすると今はすぐに辞めてしまう。一時期、離職率が高くなって、1 ~ 2 年はゆっくり仕事に向き合えるようにしました。毎月上司と一対一で面談して仕事の進捗を確認し、部下の意見を聞きだすようにしています。私も年に2 回、全社員と面談して、本人の意を汲んだキャリアプランを考えるようにしています。
 それから社内の風通しをよくしてコミュニケーションを活発にすることが生産性を高めますから、イベントの後は必ず打ち上げをやります。あそこがよかった、こっちは変えたほうがいいと意見を出し合い、修正できるところはすぐに変える。うちでは「酒の席での取り決めは有効」というルールがあって、何でも言い合います。
<左>本社前の広場で毎朝朝礼。最後は皆でハイタッチして持ち場に向かう
<右>年に二回、社員の家族も含めた懇親パーティをおこなう。春はホテルで秋は屋外で開催し、100 人以上が集まる


「ベアレン」イズムの継承

―― いま、一番の課題は何だとお考えですか?

嶌田 人材育成です。創業した頃からの社員は阿吽の呼吸で心配ありませんが、次の世代の人材育成が追い付いていないという危機感があります。創業者がトップにいて言われるままやって来て、自分で考えていないと感じます。

―― 御社は経営理念や「ベアレン」のブランドルールを明文化して、社内外で共有しています。

嶌田 表面的にはできているのでしょうけれど、実践する、応用する、それを元に部下を指導するところまではまだです。若い優秀な人材もたくさん入ってきますが、流動性が高く出て行ってしまう。

―― 今は優秀な人材を確保するということも含めて、会社全体の力が問われる時代ですね。

嶌田 今年は大型新製品の発売を予定しています。ずっと県内で大麦栽培に取り組んできたのですが、昨年10 トン収穫できました。ようやく本格的にビールを造れる量になったのでオール岩手のビールを出します。これを進めると農業や研究機関がくっついてきて繋がりが増えます。クラフトビールが核になって地域に産業を興し、地域に貢献していくステージになってきました。クラフトビールだけですと小さい市場ですが、周りを巻き込んで地域を生かす。これが私の最後の仕上げだと思っています。

(2025 年1 月15 日/於 ベアレン醸造所/聞き手 山田聡昭・酒文化研究所)
 
*このインタビューの後2025年4月に大麦とホップなどすべて岩手県産の素材で造った「ベアレンつなぐビール」が発売され好評を博している。