はじめにどぶろくがあった その2|詳細ページ

はじめにどぶろくがあった その2

2026/04/23(木)
【座談会 どぶろくを作るよろこび】
日本では1899年に自家醸造が禁じられ、現在も自家醸造が禁じられたままですが、認めている国や地域は少なくありません。アメリカでは1970年代にビールの自家醸造が解禁されクラフトビール文化が花開きました。中欧諸国の田舎には古くからフルーツやワイン滓でブランデーを作るための地域の共同蒸留所があります。韓国でも20世紀末に解禁され、今では手作りマッコリの愛好家が腕を競い合っています。
本稿は日常的に自家醸造を楽しんでいる3人の愛好家の座談会から、自分で酒を作ることの魅力を探ります。高品質な酒が手ごろな価格で流通し、容易に入手できる現代の日本で、彼らがあえて自分で作るのはなぜなのでしょう。

どぶろく万流

山田 今日は自家醸造を楽しんでいらっしゃる皆さんにお集まりいただき、その魅力を語っていただきます。まずは自作のどぶろくを皆で試飲しあって感想をお聞きしたいと思います。Yさんのからいきましょうか。
Y氏 滋賀県の田舎に住んでいます。どぶろくは6~7年前から作っています。米は地元の「きぬひかり」。近くにいい湧水がないので、仕込み水は鹿児島の財宝温泉の水です。ちょっと酸っぱくて、おいしいのかどうかわかりません。他の方のどぶろくを飲んだことがないので。あんまり酸っぱいときには梅酒を足して飲むといけます。
H氏 香りもちゃんとしているし、よくできている。これ何日くらい経っていますか?
Y氏 20日くらいですか。
H氏 なめらかですけれど、濾しました?
Y氏 ええ、少し濾しています。タオルで。
U氏 アルコールは13%くらいかな。おいしくできてますね。
山田 次はHさんのを。三種類のどれからいくのがいいでしょうか?
H氏 最初は清美オレンジから行きましょうか。これは清美オレンジ15個を搾って、笊で濾して、果汁が1リットル採れて、それにドライイースト3グラム入れるとじきに泡が出てくるから、そこに1.5合の蒸した米と米麹を混ぜて、毎日攪拌します。6月に仕込んで、もう3か月も経っていますけれど、冷蔵庫に入れておいて、こんなものです。
U氏 オレンジの香りがする。
H氏 こっちはイチゴ。「幸の香」という品種を2パックミキサーにかけて、ドライイーストを入れて、さっきのオレンジと同じようにつくります。これも6月に仕込みました。まだ実験中でこれからいろいろ工夫せねばならんと思いますけれど、いかがですか?
Y氏 イチゴの味だ。さっきの清美オレンジのより甘みがあって飲みやすいです。
U氏 うまい。日本酒にイチゴジュースを混ぜたような感じ、うまい。
H氏 お店(料飲店)のお客さんに、こういうどぶろくを時々飲んでみてもらっていますけれど、女性に好評ですね。お花見などのイベントでは、日本酒や焼酎もいいのを持っていくけれど、一番先にどぶろくがなくなります。酒蔵が発売しているどぶろくより、私の酸っぱいほうがおいしいって言います。
山田 これは?
H氏 リンゴで同じように作ったどぶろくです。「秋映え」という品種です。ジュースを900ミリリットルとって、イーストを6グラム、米麹と蒸米を入れて混ぜる。
Y氏 ほんとリンゴの味だ。
U氏 リンゴで作るとこんな色になるのですか(少し茶色がかっている)。リンゴだったらイースト要らないかもしれませんね。
H氏 いや、どうでしょう、入れたほうが湧きが早い。これまでドライイーストでしたけど、今度生イーストでやってみようかと。
U氏 いいと思います。うちはパンを作るので生イーストを持っています。もう25年間も使い続けています。ワイン、ビール、どぶろくを作る時にも使います。
山田 じゃあ次はUさん
U氏 ごめんなさい。今日は持ってきていません。夏にひと月ドイツに帰っていたら、その間にダメになってしまいました。
山田 ではUさんのどぶろくは次の機会のお楽しみということで。
<左>〈座談会概要〉参加者:Y氏(滋賀県在住・70代・男性)
前列左、H氏(大阪府在住・60代・男性・料飲店経営)
前列右、U氏(京都府在住・60代・男性・ドイツ人)
後列右、A氏(大阪府在住・80代・男性・出席者仲介者)
後列左。司会進行:山田聡昭(酒文化研究所)。
日時:2013年9月24日 於 京都美濃吉
<右>H氏の独創的などぶろく。米麹と米、上質なフルーツ(みかん、イチゴ、リンゴ)を混ぜて作る

地産地消のビール

U氏 ドイツは地ビールが盛んです。地元の大麦でビールを作って飲んでいる。ドイツに帰ると飲まされるのですけれど、おいしくないんです(笑)。ビール祭りの時には自分のところのビールを飲んで酔っ払って、隣の町へ行ってそこのを飲む。町によってビールの味が違う。日本のビールは世界中から材料を仕入れているし、地ビールもそう、どこが地ビールなんだと思います。
H氏 地産地消ね。
U氏 そうそれです。
H氏 それはドイツを見習なわなきゃいかん。日本は自分のところでつくったもので酒にするというのをやらないといかんと思う。それでこそ地酒。米、水、麦と地元のを使うようにしたらいい。いいところの米や麦を買い集めてくるだけではダメと思う。
U氏 意味ないですよね。
山田 ドイツでは自家醸造はOKですか。
U氏 はい。ビール、ワインなどアルコール度数20%までは作ってもいい。税金もかからない。
山田 合理的ですね。
U氏 実家の地下室は年中12℃くらい。大麦を敷いてホースで水をまいて……。
山田 それは麦芽作りですか?
U氏 ええ。子どもの時によく見ました。それで秋になるとビールをみんなで仕込むから、町中で酸っぱい臭いがする。ビールを作るのはパンを作るのと同じ。ビールはスープみたいなもので、風邪ひいたときには燗したビールを飲まされました。
H氏 今もドイツはそうなのですか?
U氏 今は違います。これは東ドイツの頃の話。東のビールは不味かったから、皆が自分で作って飲みました。今はおいしくて安くなったからつくらない。いいものでもひと缶80円、安いのは50円くらいです。これでは自由につくれても誰も作らない。

フロアモルティング(ボウモア蒸溜所・アイラ島)。床に大麦を敷き詰めて水を与え床を温めて発芽させるモルトの伝統的な製法

何かやりたい 作ると楽しい

山田 どぶろくを作ろうと思った理由ときっかけをお聞かせください。
Y氏 京都で仕事をしていたのですが、リタイヤして滋賀に帰りました。何かやりたいなあ、ビールも酒も飲みたいという気持ちがあって、ビールも考えたのですが、手元にある道具でできるどぶろくを始めました。
山田 作り方はどこで覚えたのですか?
Y氏 図書館で調べると本がたくさんあって、どれも簡単にできるとありました。今は1回にだいたい3升作ります。
山田 どれくらいで飲みきります?
Y氏 ほかの酒も飲むので、だいたいひと月ですね。どぶろくを飲むのは寝る前だけです。
U氏 日本の酒は(手のひらを地面のほうに向けて)こんな感じで静かに酔う。寝る前に飲むのはいいと思います。ビールはこうやって騒ぐ(手を広げるような素振り)。一番飛ぶのはシャンパン。どぶろくはシャンパンとまったく反対の酒。仏教の関係もあると思うけれど、日本人は地面に着いている、欧米の文化は神様に向かっている。ハレルヤって。欧米は土から離れたい。
山田 Hさんが始めたきっかけは?
H氏 ある常連のお客さんがどぶろくと言いだして、試しに作ってみようかということで。なんでこんなにどぶろくを作るようになったのか、自分でも不思議です。もう10年、いやもっとになるな。
 最初はふつうのどぶろくをやって、すごくおいしくできました。なんや簡単や、こんなもんかと思って2回、3回作るとおいしくできない。何が悪かったかわからない。まずいどぶろくがたくさんできてどうしようか、捨てるのはもったいないし。貯蔵してみようかとか、青梅入れてみようかとかいろいろやっていました。
 それで誰か誘うとか、何かあるとかで気合い入れて作ると、不思議なものでおいしくできるんです。本番に強いんやね、俺は(笑)。自分で言うのもなんやけど。
 仕込んだら毎日、朝昼晩とかき回します。ブクブクしてきたとか言っていると、カミさんは子供みたいにアホちゃうかという目で見てますけどね、でも昔はどこでも自分の家でやっていたし、子供の頃に見ているから、なんとなくのってくる。
山田 奥さんのご実家は?
H氏 京都の丹後のほうですけれど、漬物小屋みたいなのがあって、そこでいろんなものを作っていました。いくらも酒は飲めないのですけれど、ちょっと味見をさせると、こんなんあかんとか、まだ早いとか、よくわかる。子どもの頃の経験というのはすごいもんですね。
山田 Uさんもそういうところがあるんじゃないですか? 行けるとか、もうダメとか。
U氏 僕の場合はパンですね。日本に来たらライ麦のドイツのパンはなかったから、自分で作りました。子どもの時にパン種をよく味見させられたので、触ったらわかるんですよ。これくらいになったらおいしいパンができると。水とか塩とか分量は適当ですが、こんな感じというのでやっていくとおいしくできる。ビールも同じ。匂いでわかる。子供の時に覚えた匂いでわかる。
インド北部の米産地にも自家製どぶろく(おそらく密造)がある。写真提供:池田未枝

どぶろくは欧州の酒と違う酔い方

山田 Uさんが日本でどぶろくを作ったのはいつごろですか?
U氏 京都の山奥に住み始めてからだから23年前かな。
山田 そこで初めてどぶろくと出会った?
U氏 はい。村の人が作っていて、うまいと思いました。大地にずんと深く入っていくような感じが、ヨーロッパの酒の酔い方と全然違いました。
山田 作り方は誰に習ったのですか?
U氏 消防団に入ったので団の人たちが教えてくれました。消防団で覚えたのはピンクレディとパチンコとどぶろくの作り方、それと田圃です。どぶろくを一番詳しく教えてもらったのは、隣のおばあさん。マムシをもって来てこれを食べたら元気になるとか、村を守る神はどこにいるとかも教えてくれました。どぶろくは上澄みを取り分けて、竹林に埋めておけば日持ちするということも教わった。当時89歳くらいで、もうお亡くなりになりました。
山田 お住まいの地区はみなどぶろくをつくりますか?
U氏 かなりの人がつくります。地元の仲間とバンドを組んでいますが、メンバーはみんな作っていて、どぶろく飲みながらリハーサルします。
山田 一番よく作るのはビール?
U氏 ビール、どぶろく、ワインをつくりますが、ビールが一番多いかな。
山田 どぶろくは?
U氏 年2回。冬の間に2回作る。村の人には秋に作る人もある。祭りに息子が戻ってくるから仕込むとかです。
H氏 待ち人が来るから酒を仕込んで待つというのは復活させたいねえ。(一同 頷く)
「おいしい!」と言ってもらいたい

山田 Hさんはジュースで仕込むなど、いろいろな工夫してどぶろくをお作りになりますが、どこからヒントを得るのですか?
H氏 とにかく自分でやってみるという父親の影響があると思います。なんでも考えたらできるんです。こういうことだから、アレとコレをこうしたらできるはずやと。まず、材料は何か、どういう作り方をするのか調べて、基本の形を一度やってみます。そうしたら、次はここをこうしてみよう、ああしてみようと考えてやってみる。
山田 何でも自分で作りたい。
H氏 何でも作ってみます。カラスミ、塩辛、スモーク、どぶろく……、店で出してあげると皆、「これ自分でつくったの? すごいなあ」と驚くけれど、難しいことない。
山田 どぶろくは晩酌に飲むのですか?
H氏 飲みません。おいしかったら人に飲ませたい。ええのできたらね、飲んでもらって「おいしい」って言ってもらいたい。なんでどぶろく作るって言ったら、もう、これしかない。おいしくできなかった時は人には勧めません。漬物とか鍋に入れるとかなにかに使って……。
U氏 うまくいかなかったのを焼酎にはしませんか?
H氏 ああ、それは考えたことなかった。
U氏 前にどぶろくにカビが生えたことがあって、変な味だったので蒸留しました。
山田 なるほど、そこから蒸留に行くわけですか。昔と一緒ですね。東洋でも西洋でも、置いているうちにおかしくなるなんて当たり前にあるわけで、そうしたら蒸留する。捨てるのはもったいないですから。
U氏 その時はイーストを入れなかったんです。自然で行こうとして。麹も自分で作りました。麹をつくったことはありますか?
一同 ない。
U氏 あれは冒険ですよ。
H氏 蒸留もええねえ。やってみたいね。
山田 通販でランビキを買えますよ。専用の道具がなくとも鍋でできます。
H氏 要するに沸かして、蒸気を冷やして汁が当たってきたのを集めたらええのやろ。
山田 そう。難しいことはありません。
U氏 僕は圧力鍋でやりました。おかしくなったどぶろくを笊で漉して、焦げ付くからね、鍋に入れて加熱して蒸気を川の水をくぐらせて戻す。ポコポコって出てきます。どこかでメチルアルコールがあると危ないって聞いていたので、ドイツの従兄弟に電話したら2回蒸溜したほうがいい、まだ飲んだらあかんって。2回で70%~75%くらいまで度数が上がる。それで冬は温かいココアとこの焼酎を飲んでから、雪かきをします。
モンゴルの遊牧民は飲みきれない馬や牛の乳酒を蒸留して保存、携行する。蒸留は食品加工の手法の一つ

自家醸造だから気軽にチャレンジ

山田 話をちょっと戻して、Hさんがいろいろなどぶろくを作るところをもう少し。
H氏 Yさんのもどぶろく。僕がつくったのは、ずいぶん変わっているけれど、これもどぶろく。作る人が違うからこうなった。リンゴのどぶろくなんて誰も飲ませてくれなんて言っていません。勝手に作って「これどうや」って言っているだけです。商売でも自分で飲んで楽しんでいるのでもない。
山田 どぶろくをもっと発展させたい?
H氏 僕の言いたいのはこういうのを皆がもっと考えてチャレンジしてくれと。日本酒の枠にとらわれずに喜ばれるもの、売れるものを作ったらいい。マッコリを真似するとか、梅酒を漬けるとか、炭酸で割るとか、そんなんでなしに、自分たちでいろいろ考えて新しいものを作ったらいいと思うんです。
山田 米の醸造酒はもっといろいろできると、そこにチャレンジしてくれと。
H氏 そう。素人やからこんなことしているわけで、プロはもっとすごいのができるはず。
U氏 考えるよりもどんどん作ったらいい。どんどん世間に出したらいいんだ。
H氏 そうなんやけどプロになったらそれがでけへん。おかしなものを作れない。でも自家醸造ならいくらでもできる。
山田 そうした試みは、和酒の商品開発の幅を広げるかもしれませんね。
済州島の屋台で提供されていた自家製の粟マッコリ。米を入手しにくい島では雑穀でマッコリを作った。おつまみは蚕の蛹だ

「俺の酒ができた」という喜び

山田 ビールも日本酒も安くなりましたが、Yさんは、なぜ、わざわざどぶろくを作るのでしょうか?
Y氏 何か自分でやりたいのですね。ほんとうにそれだけですわ。
山田 おもしろいですか?
Y氏 おもしろいです。米と水からこんなのができるのですから。神秘的、不思議です。
山田 私も数回やりましたが、面倒くさいし、後片付けも大変だし、買ったほうが安いしで、続ける気にはなりませんでした。
Y氏 毎月1回はやっています。カミさんも「そろそろ作らないと」と言ってくれる。味は酸っぱくてもいいんです。自分で作った酒なんだということで、それがたまらなくうれしい。できばえがどうこうということはあまり気にしないんです。
山田 ご近所はどぶろくを作りませんか?
Y氏 作ったらと誘うのですが、誰もやりません。祭には私のどぶろくを持っていきますが、飲ませても誰も興味を示しません。
山田 それはちょっとさびしいですね。同じ山奥でもUさんのところとはずいぶん違いますね。
U氏 どぶろくは皆が言っているとおり、俺の酒ができたっていう気持ちがうれしい。ただ安いから作ろうとか、商売にしようかという話ではないと思います。自分で作るから酒に誇りがあるし、人に飲ませたくなる。これが大事だと思う。

台湾の先住民(アミ族)は草?を使って米や粟を醸した酒を持っている。近年、商品化され国内外に広がり始めた

自家醸造の解禁に向けて

山田 日本で生まれ育ったらわかりませんが、余所から来た人には日本の変なところが見えます。Uさんはどぶろく、ワイン、ビールづくりの時に、法律で禁止されていることを、鬱陶しく感じることはありませんか?
U氏 ないわけではないです。
山田 いくらか気になりますか。
H氏 僕なんかでもね、どぶろくをテレビの横に置いておいたりすると、娘とか「密造酒」とか言うねん。そうするとムカッとする。そうやねんけど、密造酒と言われたら犯罪しているみたいで、むちゃくちゃ嫌な気分。
Y氏 私は気にならないですね。どぶろくを作っていると公言していますし。
山田 どぶろくづくりが禁止されていることを知らない人は気にしようもないわけですが、私の住んでいる町の農家の方もよくどぶろくを作りますけれど、売るのはダメだが作るのは合法と思い込んでいる。
H氏 よく聞くね、そういう誤解。
U氏 それは日本の曖昧ってことね。
山田 今、自家醸造を解禁したいと思う人は、自分に何ができるのかと考え行動する時期が来ているように感じます。黙認に近い状態であることも確かですけれど。
H氏 私らは少なくとも作ったどぶろくを飲んでもらって、こんな酒があるよと知ってもらうことはできる。まずはそこから。どぶろくを飲んだことがないという人ばっかりやからね。知らせないと。
山田 どぶろくを自由に作らせたほうが酒類業界は活性化する、税収も上がるという理屈も必要なのかとも思います。
H氏 それも要るね。
U氏 今の話はもうひとつだと思います。大事なのはそこじゃない。どぶろくを作る、自分で作るというのはもっと深い話です。それは自由ということだから。日本人は自由を好き勝手にやることと勘違いしているけれど、どぶろくを作るというのは自由ということで、酒づくりは「自由」、ここが一番大事です。
山田 世界的に自家醸造を認める流れがあるわけで、日本でももう解禁に踏み切る時なのではないでしょうか。自由という意味でも、酒の価値を体感する機会を増やすという意味でも、さらに酒産業の活性化につながるという意味でも。
 本日は長時間のご協力ありがとうございました。  
タイにも米のどぶろくがある。レシピを見ながら誰でも自宅で作れる。写真提供:木場紗綾

後記

公式サイトで公開するにあたり座談会の記録をあたらためて読み返し、10年以上前ながらH氏のどぶろく作りは現在のクラフトサケのチャレンジにそっくりなことに気づいた。酒税法の枠に囚われず、米の醸造酒を自由に作る。試行錯誤の中から新しい酒が生まれ愛好家を増やす。この発想はクラフトサケに通じる。ただし、それを市場にするには価格に見合う価値が必要になり、相応の設備と技術と資金が要る。クラフトサケは商品開発と同時に市場開拓に挑戦しているのだ。
一方、酒を作る自由を取り戻すという課題は残ったままだが、変わる兆しは見え始めている。昨今、ワインやビール、ジン、ラム、ウイスキー、リキュールでは次々に新しい生産者が起業し、ひと昔前には考えられなかった状況が出現している。行政が現在の枠組みの中で酒類産業に新しい風を吹き込もうとしている証だろう。
3年前、あるクラフトサケ醸造所の創業者は「最初、行政は自分たちの取り組みを抑制しようとするだろうと思い込んでいました。けれども(製造免許を)申請してみると、どうすれば実現できるかを一緒に、親身になって考えてくれたのです。彼らのサポートがなければ起業できなかったと思います」と話した。現在の枠組みの中で、自家醸造の解禁に近づく展開を探す時が来たのではないだろうか。
2022年にはクラフトサケの醸造家が集まってクラフトサケブリュワー協会が発足した