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畑から始まる日本ワイン

2026/04/23(木)
ワイン県やまなし
ブドウの生産量は日本一、ワインの生産量も3割を占める山梨県が「ワイン県」を宣言したのは2019年です。2022年には3周年を記念して笛吹川フルーツ公園くだもの館(山梨市)で「日本ワインの歴史展」をスタート、日本のワイン産業の足跡を丁寧に振り返る展示は現在(2026年3月20日)も見ることができます。また、日本のワイン市場の開拓をリードしてきたサントリー登美の丘ワイナリー(甲斐市)は、畑から食卓までをテーマに見学コースをリニューアルし、これまで以上に「山梨のワイン」を強く打ち出しています。本稿は山梨のワイン造りのこれまでと今をたどります。
<左>桂二郎が描いた甲府盆地の葡萄畑のグランドデザイン。桂は後に大日本麦酒の社長を務めた
<右>山梨県立葡萄酒醸造所跡から発掘された葡萄圧搾機の土台

 展示には日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図があります。横幅は5メートルを超えるほどの大きなものです。ほぼ中央にいる桂の隣には山梨県令としてワイン産業をリードした藤村紫朗、左側には大久保利通や日本を代表するブドウ品種マスカット・ベーリーA種を交配した川上善兵衛、「赤玉ポートワイン」でワイン消費の裾野を広げた鳥井信治郎の名前もあります。彼らは欧米で大量に消費され高値で取引されているワインに着目し、ワインを輸出して国を富まそうと考えたのでした。
<上段>明治期の日本ワインの功労者相関図。留学経験者など欧米のワイン事情を知る人たちが日本でのワイン産業の育成を図ったことがわかる
<下段>「日本ワインの歴史展」の会場の笛吹川フルーツ公園(山梨市江曽原1488 TEL0553-23-4104)は山梨県産品ショップやアスレチックなどを備えた人気のテーマパークだ。


日本の風土に合ったブドウ

 ワイン産業を育てるために課題はいくつもありましたが、高温多湿で雨の多い日本の気候に合ったブドウ品種の探求はそのひとつでした。明治3年には北海道開拓使がブドウの試験園を開設し西洋品種を試し、明治10年に兵庫県に三田育種場にパリから持ち帰った100種類ものブドウを植えます。民間では明治13年に勝沼で高野積成が興業社を興して西
洋品種に取り組み、愛知県の盛田久左衛門が欧州種のブドウ畑を開墾、明治15年には弘前の藤田葡萄園がピノ・ノアール種を導入しています。明治18年頃にはワイン用ブドウ栽培がブーム化し、西洋ブドウの栽培家は全国に945人を数えますが、この年の5月に三田育種場で害虫のフィロキセラが発見され、耐性のない欧州種は全滅します。
 このような厳しい状況下で川上善兵衛は、明治23年に新潟に岩の原葡萄園を開きました。彼はブドウ栽培の研究を重ね明治41年に『葡萄提要』を著し、フィロキセラ対策に多くのページを割いています。この後でメンデルの遺伝の法則を知り、川上はブドウの交配を繰り返します。うどん粉病やベト病などの病気とフィロキセラなどの虫害に強いブドウ、さらに収量が多くワインづくりに向く品種を求め、昭和6年、3986(サンキューパーロク)回目の交配で誕生したのがマスカット・ベーリーA種でした。後にこのブドウは各地の栽培農家やワイナリーに提供され、日本を代表する赤ワイン用の品種となっていきます。
<左>甲州種のルーツを探る展示。DNA 解析で甲州種は欧州品種の割合が71.5%と判明
<右>マスカット・ベーリーA 種の系譜図。北米系品種が強い印象があるが欧州品種73%


白ワイン用品種では山梨や大阪で栽培されてきた甲州種です。欧州のブドウがアジアに伝わる途中、中国南方に自生する棘(とげ)ブドウと自然交配し、15世紀以降に日本に伝わりました。欧州系ながら日本の気候に適応し、長く栽培されてきました。甲州種のワインは山梨県が早くから輸出に取り組み、近年は海外でも認知が進み独特の味わいが高く評価されています。一方、栽培農家の高齢化や高値で取引される食用品種との競合で高品質の甲州種の案敵的な確保しにくくなっており、山梨ではワイナリーと農家、行政が連携して栽培の拡大に取り組んでいます。

欧州品種への再挑戦

 川上が交配した品種の栽培を進め、後に欧州系品種に再挑戦する舞台となったのは現在のサントリーの登美の丘ワイナリーです。明治42年に登美村の官営地の払い下げを受けてつくられた農園は、ドイツ人の醸造家の指導で本格的なワイナリーの先駆けとなります。昭和11年に寿屋(現サントリー)が寿屋山梨農場として経営を引き継ぎ、昭和30年頃に途絶えていた欧州系ワイン用ブドウ品種の栽培を本格的に開始します。昭和45年頃からは北海道鶴沼、山形県上山、長野県桔梗ヶ原等でも進められ、平成に入ると全国に拡大しました。
 近年は各地でワイナリーの開業が続いています。行政が果樹栽培農家の後継者としてワイナリーの開業希望者をサポートしている長野県や北海道では、急増といってもよいほどです。開業する方のほとんどがブドウからワインをつくり、有機無農薬での栽培に取り組む方も少なくありません。これまで日本で栽培されていなかったブドウ品種へのチャレンジもあり、日本に合ったブドウ品種や栽培方法の知見はどんどん蓄積されてきています。日本らしさがワインに現れる日が来るのは、それほど遠くないのかもしれません。

登美の丘ワイナリーがリニューアルオープン

 2022年9月、サントリー登美の丘ワイナリーはリニューアルオープンしました。一新された施設は、ブドウ畑を起点としてワインづくりにかける思いが伝わるように工夫を凝らしたと言うとおり、ブドウ畑をゆっくり見られる設計で、いかに栽培を重視しているかを感じます。ショップの前にある富士見テラスからは甲府盆地が一望でき、遠くに富士山を臨みます。階段を降りるとブドウ畑が広がり、そこでワインを楽しむこともできます。
 ショップには新たに「フロム・ファーム」ブランドを冠して再編されたワインが「品種シリーズ」や「ワイナリーシリーズ」など群ごとにまとまっていました。そのなかで特に惹かれたのは「ワインのみらい」シリーズです。つくり手自身がワクワクするワインにトライしたもので、このショップと公式オンラインショップだけで販売されます。ウイスキーで人気のミズナラ樽で熟成させたワインや、甲州種の若木だけあるいは古木だけでつくったワイン、梓川のアロマチック品種のブドウだけのワインなど、ワイン好きが興味をそそられそうなテーマばかり、たいへん興味深いものでした。
また、店内には長い試飲カウンターが設けられ、さまざまなワインを試せるほか、本格的にワインを味わいたい方には有料のテイスティングセミナーが用意されています。
<上段左>サントリー登美の丘ワイナリー(甲斐市大垈2876 TEL0551-28-7311)のリニューアルオープンには長崎幸太郎山梨県知事や保坂武甲斐市長も列席
<上段中央>新しい看板には新ブランド「FROM FARM」と「水と、土と、人と」の文字。あえて壁にせず、すき間をつくって畑を見せている
<上段右>ショップの長い試飲カウンター。このほかプリペイドカード式試飲サーバーで豊富なラインナップを楽しめる
<下段左>「ワインのみらい」シリーズ、つくり手がワクワクするワインという言葉に納得
<下段中左>5000 円のテイスティングセミナー。登美の丘を代表する赤と白、塩尻ワイナリーの赤、貴腐ワインを飲み比べる
<上段中右>眺望台の足元には葡萄畑が広がり、遠くに山々のパノラマを楽しめる
<上段右>見学用ブドウ園はワインを片手に散策できる。甲州種やマスカット、ベーリーA 種、カベルネ・ソーヴィニヨン種等を見られる


持続的な成長へのチャレンジ

 日本ワインは持続的な成長のために、今、二つの大きな課題を抱えています。ひとつはブドウの栽培農家の高齢化で、もうひとつは温暖化などの気候変動への対応です。登美の丘ワイナリーはこれらの課題に対しても積極的な取り組みをスタートさせていました。
 山梨県と連携して遊休農地等を活用した圃場の開発を進め、1人だけだった栽培を専門とするスタッフを9名に増やしました。そして、生産量が減少している甲州種を安定的に確保するために、自社&自社管理畑を拡大し、2030年には300トンの収量を目指す計画です。昨年の収穫量が35トンでしたから8.5倍、これは山梨県全体の生産量の約一割に相当します。
 気候変動に対しては従来からの草生栽培(ブドウ畑の下草をはやしたままにして土壌を管理する手法)やブドウの搾りかすの堆肥化に加えて、山梨県が進める「やまなし4パーミル・イニシアチブ(土壌の炭素量を年に0.4%増やすことで大気中の二酸化炭素の増加分を相殺するという国際的な取り組み)」に参加し、剪定した枝を炭にして畑に戻し始めました。
 また、温暖化によってブドウの収穫期に気温が下がらず色づきにくくなっているため、山梨大学と共同で、2021年から収穫期を遅らせる副梢(ふくしょう)栽培の実験に取り組んでいます。メルロ種で良好な結果が出たため、2022年はシャルドネ種とカベルネ・ソーヴィニョン種でも試し、実施面積を8倍に拡大したそうです。
こうした新しい取り組みによって、日本ワインは持続的に成長していくに違いありません。
副梢栽培。通常、葡萄は主梢と予備の副梢を残して剪定するが、あえて途中で主梢をカットし収穫期を約40 日遅らせる